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 また、習近平指導部は1月24日~30日の春節を前に、新型肺炎に関連して重大な決断を迫られていたはずだ。すなわち、春節の大移動(延べ30億人)を禁止するか否かである。彼らはこの問題をどう考えたのであろうか。1月24日の春節開始までの主な流れは次の通りだ。

・最初の患者が報告される(2019年12月8日)
・中国当局がWHO中国事務所に病例を報告(12月31日)
・感染源となった華南海鮮市場が閉鎖(2020年1月1日)
・中国当局がWHOに「病因不明の肺炎患者、全部で44人」と報告(1月3日)
・中国当局が新型コロナウイルスのDNAシークエンス情報を発表(1月11~12日)

スイスのジュネーブにあるWHO本部 ©iStock.com

習近平が“あえて大移動を禁止しなかった”可能性も

 ここで重要なのは、1月12日の時点では「医療従事者の感染はなく、ヒトからヒトへの感染の明らかな証拠はない」と報告していたことだ。この報告は、明らかに脅威を低く見積もっている。20日には習近平国家主席が肺炎感染の拡大防止徹底を指示したものの、14億人の雪崩のような春節大移動をストップさせるだけの重大な脅威情報(公表)は見当たらない。

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 私は長年、陸上自衛隊でインテリジェンスの世界に身を置いてきた。その立場から見ると、このときから習近平指導部が「新型肺炎の重大な脅威」を認識していた可能性も、決して捨てきれないと思っている。仮にそうだとすれば、新型肺炎の危険性を知りながらも、なぜ彼らは春節の大移動を禁止しなかったのか、との疑問が浮かぶはずだ。だが、次に示す、恐ろしくも合理的なシナリオを想定すれば、それは簡単に説明がついてしまう。

 もし、14億人が楽しみにしている春節の大移動を「ストップ」と命じたなら、人民は習近平指導部に激高するだろう。それは政権を揺るがす不測の事態になるかもしれない。一方、中国人民を国内に留めておけば、世界に対する新型肺炎の感染拡散は抑制できる。だが、そうなれば中国だけが埋没する(国力を失う)ことになり、米国と覇権を争う上では不利だ。

 

 人民の大移動を認めれば、新型肺炎は世界中に拡散することになるが、それは結果として、米国にも「一太刀浴びせる」ことになるのではないか……。

 習近平指導部が、ここまではっきりとした意図を持って、「春節の大移動を禁止しない」と判断したかどうかはわからない。だが、多かれ少なかれ、こうしたシミュレーションが彼らの脳内を駆け巡った可能性は十分考えられる。

習近平国家主席とテドロスWHO事務局長 ©AFLO

国連は使い勝手の良い「道具」に過ぎない

 また中国は、米国と覇権争いをするうえで国連は使い勝手の良い「道具」と見做しているはずだ。1971年10月、台湾と入れ替わって国連の常任理事国として国際社会に登場した中国は、総会における多数派工作や、巨額を投じた国際労働機関(ILO)、国際連合食糧農業機関(FAO)、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)などの専門機関の取り込みを営々と続けてきた。

 今回の新型肺炎の発生においては、中国はその工作の成果を、WHOという舞台で見せつけた。テドロスWHO事務局長の、中国の意向を忖度する姿勢は異常とも言える程だった。1月28日にテドロス事務局長と会談した際、習氏は新型肺炎について「WHOと国際社会の客観的で公正、冷静、理性的な評価を信じる」と、緊急事態宣言を出さないよう、恫喝に近い圧力をかけた。中国は、卓越したインテリジェンスにより、テドロス事務局長の個人的な弱みについても詳細に把握しているはずだ。