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過去には質問攻めも 嶋が中村に与える影響

 遡ること8年近く。2012年6月15日付の日刊スポーツには、こんな記述があった。

「今年3月、2軍で開幕を迎えた中村は利府で行われた2軍戦のため、仙台にいた。先輩の宮出に誘われ、嶋としゃぶしゃぶ鍋を囲む機会を持った。この時とばかりに、鍋の湯気の向こうに座る先輩捕手を質問攻めにした」

 配球のこと、その根拠のこと。少し前のヤクルト選手であれば、ノートに書き取って持っていた野村克也元監督の教えを、中村は嶋を通じて教わったのだという。

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 その年、怪我をして戦列を離れた相川の代わりに、中村は出場機会を増やし、台頭していった。野村イズムの継承者として、正捕手への礎を築く手助けをしたのが嶋だったのだ。その後ヤクルトで1つのポジションを争うとは、お互い想像さえしなかっただろう。

 昨年開催されたシンポジウムで、ヤクルト退団後の館山昌平(現楽天コーチ)が言っていた言葉がある。

「相川さんがヤクルトに来た時に、情報量が2倍になった」

 キャッチャーの情報量の凄さを物語る言葉だ。そして他球団を経験することは自身にも大きな意味を持つ。球団を出るにあたって館山はそう語った。キャンプ初日に「ルーキーのような気持ち」と言った嶋もまた、チームへの貢献と同時に、新しいチャンスを得て成長していく気でいるだろう。

キャンプ初日に「ルーキーのような気持ち」と言った嶋 ©HISATO

 奇しくも今年のキャプテンは青木宣親、投手キャプテンには五十嵐亮太が指名された。両ベテランはもちろん他球団を経験してきている。経験豊富で、明るく盛り上げチームを引っ張る選手たち。闘志を隠さずギラついたところも持つ彼ら。嶋もそんなイメージがある。選手会長は中村だが、一人でチームを背負う必要はない。そう思えることが、中村にいい影響を与えるよう願う。

 中村が一時別メニュー調整になった時には、早速「嶋のいる安心感」が発揮された。しかし一年を通じて嶋がマスクをかぶり続けることはないだろう。年齢もある。このところは肩の衰えを指摘されているし、打撃もセ・リーグではまだ未知数だ。総合力ではやはり中村が正捕手にふさわしく思える。中村も、嶋に教えを乞うた頃の若手ではない。経験を積み、実力も自負もある。真っ向勝負になるだろうが、まだ未完成な部分があるのも確かだ。今既に嶋と長時間一緒にいる中村は、「教えない」と言われつつも、きっとたくさんのことを嶋から吸収しつつあるに違いない。

 嶋の着ける真新しい防具は、もう毎日泥にまみれている。開幕する頃に、正捕手としてマスクをかぶるのはどちらだろう。ヤクルト捕手陣に新しい風を吹かせる嶋が、経験と貫禄を見せつけるのか。吹きつける風が、中村の殻をも破らせるのか。どちらの捕手が台頭しようとも、切磋琢磨は終わらない。野村元監督の追悼では「いずれ自分も名監督に」と述べた嶋だが、まだまだ「名選手・嶋」を堪能させてくれそうだ。

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