かつて行方尚史九段が「格差社会だね」と苦笑した理由
ホテルにチェックイン後、対局室検分が始まる前に、各種イベントが行われる本館の様子を見に行った。
新型コロナウイルスの影響で、26日の前夜祭と27日の多面指し指導対局、3月1日に予定されていた静岡市長杯こども将棋大会は中止となった。同じく会場を見に来た将棋連盟の職員が「まさか、こんなことになるなんてね。将棋のことなんて小さなものだけど、準備してくれていた人たちのことを思うと……」と話していた。
対局場となる「明輝館」は、和風2階建ての趣深い建築だ。私が観戦記を担当する佐藤天彦九段-稲葉陽八段戦は、入り口にもっとも近く、他の部屋に比べるといささか手狭な「橘の間」で行われる。何年か前にここで対局した行方尚史九段は「格差社会だね」と苦笑していたが、まあ2階の何十畳の部屋と比べても仕方ない。ここはここで、立派で品のある和室である。
参考までに他の対局場を紹介しておこう。
・2階「羽衣の間」 渡辺 明三冠-三浦弘行九段
・2階「若松の間」 木村一基王位-広瀬章人八段
・1階「清見の間」 羽生善治九段-佐藤康光九段
・1階「青葉の間」 久保利明九段-糸谷哲郎八段
羽衣の間に早めに着いた渡辺三冠は、盤にかぶされていた桐蓋を「これ、取るんでしょ?」と言って自分で取って記録係を慌てさせていた。
ああ、あの角ばった肩は……
若松の間の木村王位は隣の羽衣の間の様子を見に行ったようで、自分の対局室に戻ってきて「やっぱり、あっちの部屋のほうが庭の景色がきれいに見えるなぁ」とボヤいていた。
清見の間では、立会人の桐山清澄九段と青野照市九段が来る前に、自分たちだけで検分を終わらせてしまったそうだ。それを聞いた一同は「さすがだね」とうなずき、笑っていた。
検分のあとは、対局者たちに記念品を贈呈するイベントのみ。食事は各自でとって、翌日に備えることになった。
私はひとりで静岡の街を歩き、1年前との違いを確認して回った。以前に行った店がなくなっていたり、新しく有望そうな店ができていたりした。
ふと見ると、少し先の角のあたりに桐山九段らしき姿があった。楽しげな表情をしているのは離れていても伝わってくる。隣にいる後ろ姿の人は……ああ、あの角ばった肩は豊島将之名人だ。顔を見なくても間違いない。せっかくの師弟のデートを邪魔してはいけないので、声をかけずにスッと通りすぎた。
対局者たちはどうやって過ごしているだろうか。それぞれの夜を越え、A級最終局は明朝9時に開始される。
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