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「世界一将棋が強い車両だろうな」と思う

 残留争いのもう一人の当事者は、関西から静岡入りする糸谷哲郎八段だ。3勝5敗で順位4位の糸谷八段は、勝てば残留。敗れても木村王位が負ければ順位の差で残留できる。

 こだま659号の12号車の後部は、見渡す限り棋士や関係者ばかり。どこかから「もう一蓮托生だ」という声が出て、周囲の人がドッと笑った。言うまでもなく世を騒がせている新型コロナウイルスを意識してのものだ。内心では皆心配しているが、気にしすぎては何もできなくなってしまう。棋士というものは自分だけは大丈夫という気構え、もとい謎の自信がなければやっていけないのである。

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 品川、新横浜と進むうちに棋士の数が増えていく。「世界一将棋が強い車両だろうな」と思うのは毎年恒例のこと。対抗できるのは大阪から向かっている某車両だけだろう。なお名人挑戦を決めている渡辺三冠は別行動で、先に現地入りしたそうだ。一行が乗る各駅停車の「こだま」は緩手と見て、「ひかり」に切り替えたのかもしれない。

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佐藤康光九段は一瞬立ち止まったあと……

 私の隣の席は朝日新聞将棋担当記者の村瀬信也さんだった。村瀬さんは幻冬舎plusのサイトで「朝日新聞記者の将棋の日々」(https://www.gentosha.jp/series/shoginohibi/)を連載している。

 紙媒体とネット記事の仕組みや書き方の違い、ニュースサイトに転載されたときの見栄えのことなど、めずらしく真面目なことを話しているうちに、あっと言う間に静岡に着いてしまった。飲みの席などではもっとバカらしい話をするのだが、棋士をはじめ関係者多数のこの状況ではそうもいかない。たとえ聞かれても、誰もささくれ立たないような内容に終始するのが大人のたしなみである。

将棋連盟会長にして現役A級棋士である佐藤康光九段 ©文藝春秋

 静岡駅から会場の「浮月楼」までは歩いて数分。ぞろぞろと一行が歩く姿は、これも恒例ながらなかなかの壮観だ。

 浮月楼まであと少しというところで、先を進んでいる取材陣が横断歩道のないところをサッと渡った。車通りがなかったため問題はないのだが、後ろにいた佐藤康光九段は一瞬立ち止まったあと、きちんと横断歩道まで移動していた。他の棋士もそれにならうようについていく。さすが日本将棋連盟の会長である。

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