「将棋界の一番長い日」。
元になったのは、太平洋戦争の最後の2日間を描いた半藤一利さんのノンフィクション作品『日本のいちばん長い日』か、それとも、さだまさしさんの『親父の一番長い日』か。いずれにせよ、秀逸な名コピーだと思う。
共通するのは、「長い」という言葉に、終わるのが遅いという以外の意味が含まれていること。その日に向けて積み重ねてきたもの、終わってもなお心に残るもの。物事は実際的な時間量だけではかれるものではない。
将棋界における「一番長い日」の背景や歴史に興味がある方は、昨年にアップされた君島俊介氏の『いよいよA級順位戦最終局――「将棋界の一番長い日」はいつ定着したのか?』(https://bunshun.jp/articles/-/10893)を読んでみていただきたい。
ここでは重複を避けるため、一番長い日を間近で見守った観察録を、筆の赴くままに記していこう。
2月26日、水曜日。
昼過ぎの東京駅、東海道新幹線のホーム。12号車付近に立つ日本将棋連盟職員を目印にするようにして関係者が集まってきた。
イベントに参加予定の棋士、主催の棋戦担当者と観戦記者、ネット中継記者などなど。主役のA級棋士のうち、最初に現れたのは木村一基王位だった。
今期は渡辺明三冠が早々に豊島将之名人への挑戦権を得たため、注目は残留争いに向けられている。久保利明九段の降級が8回戦に決まり、残る降級の枠は1つ。もっとも苦しい立場にいるのが木村王位である。柔和な笑顔で談笑する姿はいつもと変わらず、無理をしている様子もない。
いずれもタイトル戦に出た経験がある百戦錬磨の猛者たち
木村王位はここまで3勝5敗の星。順位は昨期にA級に復帰したばかりであるため10位と低く、自身が勝ったうえで上位の2名のうちいずれかが敗れるというのが残留条件だ。
しばらくして、佐藤天彦九段がやってきた。木村王位と同じく3勝5敗だが、前期の名人で順位1位のため、勝てば文句なしに残留。敗れても3勝5敗下位の2名が負ければ残留となる。こちらも気負った様子はなく自然体のように見える。
今期のA級にいるメンバーは、いずれもタイトル戦に出た経験がある百戦錬磨の猛者たちだ。対局前日の移動のときから気を張りすぎても仕方ないことを、十二分に承知しているのである。