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 新型コロナウイルス感染拡大の影響でオープン戦は無観客で行われていた。レギュラーメンバーのプレーだけでなく、井上と遠藤の“デビュー戦”を目当てに観戦を予定していた人も少なくなかったはずだ。なぜなら例年、同じ時期にその年のルーキーが「お試し」として1軍に招集されることが恒例。特に、即戦力でない高卒選手は1年目から体力強化など育成に時間が割かれることもあり、その日を最後にしばらく1軍では見納めとなる可能性が高かった。そんな状況も重なり背番号32の「未知」な要素はより一層強まった。テレビ中継、球団のSNS、ネットの1球速報……それぞれの方法でファンは井上の初陣を見守ったに違いない。

 何より、当の井上は無観客の甲子園という珍しい環境でデビュー戦を迎えることになった。プロ野球との違いこそあれ、19年夏を制覇し高校時代に満員の聖地を経験しているだけに多少の違和感もあったかもしれない。名前がコールされれば浴びていたであろう大声援もない。いつもなら、ルーキーたちは、そこで「これが1軍か」「ここでプレーしたい」と刺激や収穫を手にする。

 少し寂しくは感じられたが、4回から糸井に替わって右翼に入り初出場。5回2死二塁で迎えた第1打席は初球から日本ハム・西村天裕の146キロ直球をスイングして右飛に倒れた。7回の第2打席は村田透のスライダーに空振り三振に倒れ2打席無安打で終わった。「初球から振れているのは準備ができている証拠だと思うので。初球から振れたのは今日の収穫」。結果の出なかった悔しさは無かったのか、それともそっと胸に秘めたのか。帰ってきた甲子園で、自ら一歩踏み出した積極性に光を見出した。

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殊勲の一打に響くはずもない大歓声を思わず想像

 その果敢な姿勢が翌日の巨人戦で実を結ぶことになる。前日同様、守備から途中出場すると8回1死一塁の場面で鍬原拓也の投じた144キロ直球を捉えた打球は、左翼の頭上を越える同点適時二塁打。信条とする強振のファーストスイングで仕留めた殊勲の一打。プレシーズンとは言え、伝統の一戦で、直前に逆転された試合展開をすぐさま自軍に引き戻す「主軸」としての打点に、響くはずもない大歓声を思わず想像してしまった。「(観客の歓声は)なかったんですけど、ベンチのみなさんが叫んで手を上げてくれてたのでうれしかった」。タテジマに袖を通してまだ1カ月の青年は素直な言葉を並べた。

8日の巨人戦で同点適時二塁打を放った井上広大

 予定通り、休日を挟んで10日から井上は2軍に合流。無観客の聖地に“衝撃音”だけを残した若きスラッガーは、ファンの前に姿を見せること無く1軍を離れた。矢野監督は「こっちが使いたいなっていうものを残してくれたらありうることだけど」と今季中の昇格に言及。本人も「しっかりと自分のできることを最大限にやって(1軍に)呼ばれるのを待ちたい。ファンのみなさんの前で打ったら、もっと大歓声が聞けると思う。一日でも早くその歓声を聞けるように努力したい」と“まだ見ぬ聖地”に思いを巡らせた。

 無観客の甲子園でデビューした男――。いつも通りのプロ野球の光景が戻った時、「未知の大砲」井上広大との“初対面”へ5万人の大観衆の胸は躍る。

©スポーツニッポン

チャリコ遠藤(スポーツニッポン)

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