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千利休の茶室「待庵」を写した作品には、写真の“2つの力”がそなわっていた

アートな土曜日

2020/03/21
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ドキュメンタリーとアートが融合

 田村はこれまでに、いくつもの作品を成してきた。「色」や「質感」をキーワードに、この世のさまざまな事象を繊細に写した『Voice』。フランスの精神科病院に取材して、そこで起こる事象だけでなくその場に漂うものを掬い取ろうとした『ソローニュの森』などなど。

 写真には大別してふたつの機能がある。ひとつは、被写体がどんな状況かを細部まで写し出すことによって、そこに宿る意味やストーリーを伝える力。もうひとつはその描写力を生かし、色合いの妙や陰影のグラデーション、モノの質感などにより平面上に「美」を表現する力。

 田村の作品にはいつも、これら写真のふたつの力が画面の中で同居している。優れたドキュメンタリーであるとともに、純粋な視覚的驚きをもたらすアートとしての見応えもたっぷりなのだ。だからいったん眼に触れたが最後、いつまでも飽かず画面を眺めて時間を過ごすこととなる。

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©️Naoko Tamura

 今展に掲げられた作品もそうだ。モノクロ写真によって描き出される待庵には、ここにかつて千利休が座していたと実感させる「場」の重みがある。歴史上のストーリーが、観る側の脳内でリアリティを持って動き出す。同時に、斜めに差し込む陽を浴びた外壁や、ぼんやりと白く発光する障子の様子などから、この世にはかくも豊かで美しい色、かたち、質感があるのかと驚かされてしまう。

 木と土でできた、ほんの小さい侘びた茶室。こんな取るに足らない片隅を写した写真をとくと眺めているだけで、ここに世界のすべてがあるぞと感じられてしまう。なんとも不思議な体験である。

 おそらくは千利休が生涯をかけて追求した精神性の一端を、田村尚子の写真がしかと捉えているのだ。幸い展示されているのは和菓子店の中なので、甘味とお茶をいただきながらじっくり作品と対面できるのもうれしいところ。

 
千利休の茶室「待庵」を写した作品には、写真の“2つの力”がそなわっていた

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