長く目を留めていられる対象って、この世に意外なほど少ないものだ。

 たとえば絶景を見に出かけても、光景に見入っているときなんて、ほんのわずか。花見に行ったとき、主役であるはずの桜の花弁に目をやる総時間は、数分にも満たないのでは? 

 本当は誰しも、視線をひとところに留め置く時間が欲しいのに。なぜって、視線の行き先が落ち着くと、気持ちも静かに澄んでくる。ちょうど手入れの行き届いた名庭園を、ゆったり眺めるような心境になるということだ。

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 ならばと、人の視線を作品内にできるだけ留め置くことを、創作の大きな指針とするアーティストがここにひとり。ミヅマアートギャラリーで個展「みてもみきれない。」を開催中の、水野里奈だ。


2020
キャンバスに油彩
227.3 × 181.8 cm
撮影:宮島径
©MIZUNO Rina
Courtesy Mizuma Art Gallery

遠ざかっても近づいても違う見どころが

 ギャラリーに足を踏み入れる。と、目に飛び込むのは、タテ3メートルを優に超える巨大な絵画である。これがまた得体の知れない迫力を醸し出している。わかりやすいモチーフが大きく描かれているということはなくて、全体で何を表そうとしているか、パッと眺めただけでは見当もつかない。

 いや、画面に具体物が見出せないわけじゃない。可憐な花や堂々たる岩、うねる樹木などが、そこかしこに散らばって描かれているのは見て取れる。それらをよく見ようと絵にぐっと近寄れば、花弁などが思いのほか細密に描き込まれているのが知れる。それでなおさら目を凝らしたくなって、気づけばかなりの至近距離で絵と対面しているのだった。

入れ子状の建物
2020
キャンバスに油彩、ボールペン / Oil, ballpoint pen on canvas
363.6 × 227.3 cm
撮影:宮島径
©MIZUNO Rina
Courtesy Mizuma Art Gallery
 

 あまりの距離の近さに、またモチーフの位置や大きさのあまりのランダムさも手伝って、「この絵、いったい何が描かれてるのか」が、ますますわからなくなってくる。それどころか、正しい天地すら見失ってしまいそう。

 そこでふたたび距離をとって、絵の全体像を眺め渡してみる。すると、図像の意味合いは相変わらず不明なれど、「よくまあこれだけいろんな要素を盛り込んだこと」、改めて感心させられる。

 というのは花や岩、樹木といったモチーフの描かれ方は日本画ぽいのだけれど、画面の多くの部分を埋める妖しい模様は中東の細密画風なのだ。しかもところどころに、あえて、なのだろうが塗り残しの部分もたっぷりあって、キャンバスのざらりとした地肌が剥き出しになっている。洋の東西を問わぬさまざまな筆致(どちらも油彩のようではあるけれど)とキャンバスの質感が、すべて等価なものとして並べられているのだ。