エアコンや冷たい食べものじゃ、この暑さは抑えきれるものじゃない。ならば一縷の望みを託して、古来の納涼法たる「怖いもの」に触れる方法を試みよう。

 妖怪や幽霊の類のことだが、あまりにドロドロと湿った内容ではむしろ暑苦しい。ここはカラリと驚きや畏れを感じられ、どこか可笑しみの情も湧くものがいい。

 となれば、この人の絵を眺めるのがいちばん。江戸時代に盛んとなった浮世絵界の大御所、葛飾北斎である。

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葛飾北斎の代表作『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』

赤ん坊を食いちぎる、恐るべき般若の姿

 代表作《神奈川沖浪裏》が次代の1000円札図柄に採用されることとなった北斎は、まずは「富嶽三十六景」や「諸国滝廻り」といった日本各地の風景を描いたシリーズで知られる。だが、抜群の絵画技量を持つこの絵師が描き出せるのは、それだけじゃない。人物画でも物語の一場面でも、森羅万象を描き出すことができた。88歳までの長い生涯に残した膨大な作品群を見るにつけ、古今東西で最も絵がうまい人物のひとりと思われる。

 北斎の手にかかれば、この世のものではない妖怪や幽霊だって、生き生きと画面の中に実在することとなる。彼が残した傑作妖怪錦絵シリーズに、「百物語」がある。そのうちの一作《笑ひはんにや》は、窓から顔を覗かせた鬼女が、画面いっぱいに描かれている。ツノを生やしてニタリと笑う表情がなんとも不気味だ。

「笑ひはんにや」 『北斎妖怪百景』より

 さらにヒヤリとするのは、彼女の右手に目をやったとき。しっかと握られているのは、胴体からもぎ取られた赤ん坊の生首である。血で赤く染まった首筋が生々しい。赤色を追うようにして画面内に目をさ迷わせば、女の口元へと行き着いた。どうやら赤ん坊の首を食いちぎったばかりのよう……。