バケモノが身近に感じられて怖い!
北斎が生きた江戸時代の後期には、幽霊・妖怪の登場する歌舞伎や芝居の演目、読みものが流行した。いまに伝わるストーリーも多数で、それらを北斎は錦絵にして残している。
《お岩さん》もそうした作品のひとつ。「東海道四谷怪談」に登場するお岩は、夫に毒を盛られて殺された恨みつらみを訴えるため、亡霊になって現れる。提灯にお岩の霊が乗り移った場面を描いているのだけれど、北斎はここでオリジナリティを発揮。提灯とお岩の顔を一体化させて、新種の提灯のお化けのような存在を生み出している。
《さらやしき》は、18世紀に成立した浄瑠璃の演目「播州皿屋敷」に題材をとった。主人が大切にしていた皿を割ってしまったお菊は、ミスを責められそのまま殺されてしまう。そのあと夜な夜な、井戸の底から皿を数える恨めしそうな声が……。北斎は井戸から出てきたお菊の姿を描くものの、様子がどうもおかしい。なぜかろくろ首のような長い首をしている。よく見ればその首は、皿が幾枚も連なってできているのだった。
怖いことは怖い。でも同時にユーモラスでもあるのが、北斎「百物語」の特質である。圧倒的な技量を持っていた北斎は、ものをありのまま写して、真の姿を暴き出すことに執着した。はっきり目に見えるものはもとより、見えないものもありありと表そうとしている。それで妖怪・幽霊の類も、きわめてリアルに感じられる描写となっているのだ。
般若やお岩さんやお菊がごく身近に感じられてしまう、それが北斎の描くちょっとユーモラスなお化けたちの「怖さ」の源なのだろう。