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僕を殺した後で、母ちゃんは自殺するんだと思った

 その夜、母は腰まであった髪をバッサリ切り、男性用の国民服を着てました。母の覚悟だったかもしれません。寝間には布団がなく、座布団が2枚置かれ、その間に小刀が置かれていました。

 僕は、母ちゃんがこの小刀で僕を殺してくれる。母ちゃんだったら、きっと優しく殺してくれる。僕を殺した後で、母ちゃんは自殺するんだと思いながら、座布団に頭を乗せたまま寝てしまいました。固い座布団の布が頬に当たる心地は、今も覚えています。

 翌朝目を覚ますと、僕は死んでなかった。母も、隣で眠っていました。

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 その時、閉めた雨戸の隙間から、庭の景色が逆さまに見えました。牛乳配達のお兄さんが来た姿も、逆さまに見えた。僕は、座布団に頭を乗せたままだから、風景が現実とは逆さに見えるのだと思いました。

 僕は、戦争で死んだ子供が逆さに出て来るなど、逆さまの映像を撮ることがあります。それは、あの時の体験があり、僕の映画の原点にもなっているからです。

©山元茂樹/文藝春秋

他人のようにうまくやるな、自分らしく失敗しろ

 商業主義の映画では、お客さんが分からないという理由で実験的なことがあまりできません。それに、大勢が集まれば、映画監督は集団の権力者になってしまいます。どちらも嫌なので、僕は個人で映画を撮っています。僕とキャメラマンと助監督は、人間として対等だし、むしろ新しく入った人の話を聞いてみたい。

 僕は新人に「学ぶなよ」と言うんです。商業主義の映画であれば、学んでうまくなることも必要でしょう。しかし学んでしまえば、発想力が弱くなる。本当に必要なことは、誰にも真似できない冒険をすること。それが新たな成功への源泉になる。「他人のようにうまくやるな、自分らしく失敗しろ」と自分にも課しています。

大往生アンケート

■理想の最期とは?

 撮影現場で「スタート」と言った瞬間に息絶えたいと思っていましたが、映画を撮っている間は死ねません。(前文参照)

■心に残っている死に方をした人は?

 人は、亡くなる時に正体が出ると思います。いい人は大往生する。悪い人は、迷惑三昧をかけて死んでいく。僕は、人柄だけはよくしようと自分では心掛けています。結局無理であっても、僕は僕でしかあり得ないのですから。

■最後の晩餐で食べたいものは?

 映画プロデューサーであり、62年のパートナーである妻の恭子さんが作ってくれる日常の食事を、暖かい陽ざしの中で「美味しいね」と言って食べたい。

 僕は、日本中の故郷で映画を撮って来ました。その時お世話になった方々が今も応援団で、旬の食材を送ってくださるんです。

 恭子さんがそれを嬉しそうに料理する。我が家には、朝から晩まで、全国の旬の命が一緒に並んでいます。

 僕は商売のために映画を撮ったことはなく、今もお金はありませんが、「世界で1番の旬のものを頂いているね」と言っています。ありがたいことです。

■もし生まれ変われるとしたら?

 再び、映画作家になります。映画作家として、まだまだ出来ることがある。生まれ変わって一から映画作家になるのではなく、平和づくりに繋がる自由な表現を僕なりに見据えつつ、僕らしい映画作家振りを、若い人と共にいつまでも続けたいと思います。どうか、宜しくお願いします。

遺作となった『LABYRINTH OF CINEMA 海辺の映画館  キネマの玉手箱』は、2019年10月にTIFF(東京国際映画祭)上映後、11月HIFF(広島国際映画祭)上映、その後戦後75周年にあたる2020年4 月 10 日に公開を予定していたが、コロナウィルスの影響により映画館が休館し、公開延期となっている。

佐藤愛子(作家)・渡邉恒雄(読売新聞主筆)・中村仁一(医師)・外山滋比古(英文学者)・酒井雄哉(天台宗大阿闍梨)・やなせたかし(漫画家)・小野田寛郎(小野田自然塾理事長)・内海桂子(芸人・漫才師)・金子兜太(俳人)・橋田寿賀子(脚本家)・出口治明(大学学長)・高田明(ジャパネットたかた創業者)・大林宣彦(映画監督)・柳田邦男(ノンフィクション作家)生を達観した14人へのインタビューは『私の大往生』(文春新書)に収録されています。

私の大往生 (文春新書)

 

文藝春秋

2019年8月20日 発売