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マスクだと笑いかけても相手には見えない――村田沙耶香の「パンデミックな日々、日本にて」#1

2020/04/17

 緊急事態宣言から、1週間が経過した。私は、たまに食料を調達に行く以外は外に出ず、家に引きこもっている。洗濯のときくらいしか使っていなかったベランダが好きになった。天気がいい日は、古い椅子を出して、ぼんやりする。いつも日焼け止めクリームや日傘で避けていた日光が、今は無性に恋しい。ベランダで空を見ているときが、一番ほっとする。

 近所のコンビニは大体変わらず24時間やっていて、なるべく人が少ない時間にマスクをして食事を買いに行く。サンドイッチ、おにぎり、焼き鳥、サラダ。好物の納豆は、最近よく売り切れている。一番よく行くコンビニでは、レジと客の間に大きなビニールのカーテンのようなものが張られ、ビニール越しに、マスクをした店員さんに商品を差し出す。

 薬局、スーパー、コンビニで働いている人たちは、毎日マスクはないか、トイレットペーパーはないかと聞かれ、疲弊している、というニュースを読んだ。だから感謝をもっと示したいけれど、マスクだと笑いかけても相手には見えない。

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 元から家でできる仕事である自分は幸運だ、と思う。友人は、自分も夫も会社が休みにならず、不安な中、子供を保育園に預けて、電車で会社に通っているという。彼女の働く会社では全員が、デスクの周りに段ボールで高い壁を作って働いており、暑くてくらくらするのだそうだ。

 想像していた以上に、リモートワークができずに出社している友人が多く、ずっと心配している。自分もよく満員電車に乗っていたが、今ではどうなっているのか不安でニュースを見る。以前のような、乗っていると宙に浮いてしまうくらいの満員電車は緩和されたそうだが、それでも想像より多くの人が会社に通っている様子で、さぞかし不安だろうと、苦しい気持ちになる。

 両親には会わないようにしているが、たまに、元気そうなメッセージが来てほっとする。

 変わることも怖いが、今は変わらないことへの不安のほうが大きい。危機感はどんどん強まっているのに、変わることができないことが、今、一番苦しいことだと思う。もっと変わってほしいし、もっと感謝を伝えたい。もどかしさを抱えたまま、マスクの内側で立ち尽くしている。

こちらのコラムは南ドイツ新聞に寄稿したものです。

村田沙耶香 ©文藝春秋

村田沙耶香
小説家。1979年、千葉県生まれ。玉川大学文学部卒業。2003年「授乳」が第46回群像新人文学賞優秀作となりデビュー。09年『ギンイロノウタ』で第31回野間文芸新人賞受賞。13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で第26回三島由紀夫賞受賞。16年『コンビニ人間』で第155回芥川龍之介賞受賞。著書に『マウス』『星が吸う水』『生命式』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』などがある。

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