放射線よりパワハラが怖かった
横田 『ヤクザと原発』を読ませてもらって、偉そうなことを言っている政治家や研究者は絶対20キロ圏内に入ってこないとか、放射線を浴びるより熱中症で倒れたり交通事故のほうが作業員にとって危険だとか、確かに外から取材しているだけではわからない。見た人間にしか書けない面白さがあります。放射線の話も数字を言われたってよくわからないけど、被ばくした場合に備えて造血幹細胞を事前に採取しておくといった話になると、怖さが伝わりますよね。一番ヤバいと思ったのは、やっぱり放射線ですか?
鈴木 あの当時は自分だけでなく、社会全体のテンションがおかしかったじゃないですか。だからもう、恐怖はなかったんです。造血幹細胞を取るのも、正直に言うとネタだと思ってるんですよ。おっかなくて取りに行ったんじゃないけど、そう言うと不謹慎だから。
横田 そうすると、あまり怖いことはなかった?
鈴木 サラリーマン経験が少ないもので、上の人からギャンギャン言われるのがすごく怖かったです(笑)。パワハラって、しんどいものですね。サラリーマンは、これを耐えてるのかと思って。
横田 僕はユニクロの前にAmazonとヤマト運輸で潜入取材をしましたけど、作業系の現場にパワハラはつきものです。「何やってんだ、お前。なんでわからないんだよ」って怒られるけど、「だってそんな説明、受けてへんやん」みたいな感じ。
鈴木 わかります。理不尽に怒鳴るんですよね。
横田 でも言い返さないほうが面白いから、じっと我慢。
鈴木 あとで全部ネタに昇華してやる、と思うから耐えられるけど、ここで一生働いてたらメンタルが壊れるんじゃないかと思うくらい言葉の暴力がつらかった。
原発の最前線にいた強み
横田 潜入ルポは結局、自分の体験だから強いですよね。原発内の作業が終わるまでトイレに行けない決まりだから、鈴木さんが初仕事の日に失禁してしまう話とか(笑)。
鈴木 やっぱり一人称のほうが面白いですもんね。
横田 そうですね。私が見た、こうした、こう思った、というところが無理なく書けるから、リアリティーが違うんです。初めてAmazonに潜入取材して本を書いたときは特にそういう考えはなかったけれども、いまは自覚的になりました。
鈴木 自分は実話誌の出身です。真っ当なジャーナリズムではない、割り切った娯楽誌で書いてきた人間が、日本の危機に直面したとき、一流を自称してるジャーナリストや新聞記者よりダーンと前に行ったら爽快だよな、という思いはずっとあった。要するに「大マスコミは現場主義と言っているけど、原発の一番の現場にいたのは俺だよね」と出し抜きたかったんです。編集者から自分で言わないほうがいいとアドバイスもらっていたし、言わぬが花と思ったんで、黙ってましたけど(笑)。
横田 僕は物流の業界紙にいました。広告を出すのは日通などの物流企業で、取材相手も日通、購読者も日通ですから、悪いことなんかひと言も書けないし、ほとんど誰も読んでくれない。だけれどもその縁があって、Amazonやヤマトを書くことになったんです。鈴木さんの場合は、やくざがきっかけで原発の潜入につながっているのは面白いですね。
鈴木 やくざという題材から、あらゆるジャンルに派生していけると気付いたのはあります。日陰から、必ず日向に行ける。
横田 大きなメディアはやりませんからね。
鈴木 それがフリーの強みです。原発へ行きたいと思っている記者はいっぱいいたけど、作業員として潜り込んで働くなんてことは、社員の記者にはどうしたってできないですよね、会社を辞めない限り。
横田 しかもそれをやらせてくれるのは、雑誌だけです。表現することに関しては雑誌が一番、自由度が高い。