20代にこそ潜入してほしい
横田 僕らはお互い家族がいるし、潜入取材をするには年もいってるじゃないですか。鈴木さんは体力がありそうだけれども。
鈴木 いや、無理が利かないですよ。
横田 僕が初めてAmazonに潜入した頃は、売れてなかったから仕事もなかったし、半年ぐらい働いてもいいや、みたいな感じだったんです。それで本になるんやったら儲けものや、と。だけど、50歳を超えて潜入は……。
鈴木 生活がありますしね。あと、精神的にたまに落ちますよね。記事になるかどうかって、タイミングもあるじゃないですか。うまく弾けなかったとき、その間の収支が合わないと、住宅ローンもあるのにどうするんだ、って。
横田 それに潜入ルポって、編集者からすると、ちょっと半笑いになって「あ、潜入ルポ?」みたいな反応があるじゃないですか。だから、ちゃんと書けるところを見せておかないと、っていう思いもありますよね。「ちゃんと普通に書けるけれども、あえてやってます」みたいじゃないと、「あ、潜入ルポ専門の人?」と思われるのは困る。
鈴木 対象に近づく面白さは当然あるけど、中に入ったら逆に見えなくなることもあるし、外から離れて見る面白さもあるじゃないですか。何でもかんでも突っ込んでいくのは俺の一種の芸風みたいになってるし、そのメリットは重々わかっていますけど、そこばっかりだと「俺はただ、すごいところに行ってきました」だけになる。戦場取材には到底及びませんし、それは意識してますね。
横田 だから、もっと若手の書き手が潜入ルポをやりはったらいいと思うんですよね。いまから名を挙げようという人は、ひとつ足掛かりとして、ぜひいろんなところへ潜り込んでほしいな。企業にも、誰が働きに来てるかわからないという緊張感があったほうがいい。
鈴木 若いほうが潜り込みやすいですもんね。何の仕事をやるにも。
横田 20代なら、どこへ行っても馴染むし、疑われない。
次に潜入するなら
鈴木 飲みにも連れて行ってもらえると思いますよ。それはそうとして、横田さんが次にどこかへ潜入するとしたら?
横田 実は、旅行産業あたりが面白いんじゃないかと思ってるんです。そうじの神さまとか、ホスピタリティとか、胡散臭い本ばっかり出てるようなところがあるじゃないですか。
鈴木 矢を射る価値がありそうです(笑)。
横田 そんなところできっちり働いて、書いても面白いかなと。ホテル部門なんかは無理だろうけど、掃除部隊だったら、僕でもまだ雇ってくれるんじゃないかって気がしてるんです。「そうじの神さまは本当にいたのか」みたいな。
鈴木 横田さんの路線にぴったりですね。
横田 コンビニも面白いと思うんですけどね。でも、あんまりここで名前を挙げると、ガードが固くなるかもしれないんで(笑)。誰もツッコんでないところにツッコみを入れたい気持ちは、まだまだありますね。
鈴木 書き屋の本能ですね。燃える要素がいっぱいありそうです。
横田 横田姓に戻そうと思いながらまだやっていないのは、『週刊文春』の編集者が「次もお願いしたいですからね」って言うせいでもあるんです。「またですか。もう若手に頼みましょうよ」と言ったんですけど、彼は「これから高齢化社会で、横田さんに潜入してもらいたい場所もありそうですから」と。
鈴木 それはありますよね。介護系とか。いままでは50過ぎて仕事は見つかりにくかったけど、いまは社会が変わって雇ってもらえる職場があります。全然いけますよ。
横田 「だからまだ、名前はそのままにして、世間には伏せておきましょう」とそそのかされて、そのままにしてあるんですよ(笑)。
構成=石井謙一郎 写真=白澤正/文藝春秋
よこた・ますお/1965年福岡県生まれ。ジャーナリスト。著書に『ユニクロ帝国の光と影』『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』など。ユニクロの店舗で一年働き、長時間勤務の実態やパワハラの存在を報じた「週刊文春」の連載が話題になる(電子書籍『ユニクロ潜入一年』として発売中)。10月に連載をもとに大幅加筆した新刊を発売予定。
すずき・ともひこ/1966年北海道生まれ。雑誌、広告カメラマンを経て、ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーライターに。東日本大震災の直後に福島第一原発で2カ月間作業員として働き、『ヤクザと原発』(文春文庫)を上梓。