優勝特番で僕は梨田さんの「宇宙一」にツッコんだ
ファイターズ時代の「梨田昌孝監督」はその在籍期間(2008~2011)の4年間で一度、パ・リーグ優勝を遂げている。2009年シーズンだ。優勝の決まった試合は10月6日のナイター西武戦だった。僕はNHK北海道の優勝特番のゲストとして札幌ドームの観客席にいた。
「優勝特番のゲスト」はものすごくヘンな仕事なのだ。実況中継じゃないから試合中は特になーんも用事がない。ただ1人で野球を見て、弁当を食べたり「賢介たのんだぞー」と叫んだりしていればよろしい。優勝が決まった夜、祝賀会の様子を見せたり、監督や主力選手を別室に呼びインタビューするような番組だ。これが面白いのはマジックが2か1になったら飛行機で札幌入りして、もしそこから足踏みしたら何日でも延泊させられるところだ。優勝が決まるまでやらない番組。
自分でいうのも何だが、僕はこの番組に大変向いている。まず身体が空いている。原稿の仕事はどこで書いても同じだから、昼間だけ放っといてもらえば宮越屋珈琲でも札幌ドームのプレスルームでも仕事をする。何日延泊して何試合見てもぜんぜん平気。で、優勝が決まったら爆発的に喜ぶ。NHKとしては演出上の指示が要らない。喜色満面で画面に映る。ときどき目頭を押さえたりもする。あと選手インタビューのときはツボを心得た質問ができる。日夜、ものすごく野球のことを考えているからだ。
梨田さんはヒルマン前監督の色を継承しつつ、糸井嘉男をセンターに据える等、円熟期のチームに刺激を与え、2年ぶりのリーグ優勝に導いた。ベテランらしく引き出しの多い監督さんだった。特に興味深かったのは捕手の併用だ。大野奨太、鶴岡慎也の2枚の捕手を使い分けた。それは梨田さん自身が近鉄の現役時代、有田修三と併用された経験に裏打ちされていたと思う。また高橋信二の打撃を生かし、4番ファーストに固定した。人の使い方がうまい。持ち味を生かそうという選手への目配りがあった。
当夜の西武戦は延長戦にもつれ込んだ。延長10回裏、楽天が敗れ優勝が決まる。が、誰もが勝って胴上げをしたかった。延長12回、金子誠の犠飛で5対4のサヨナラ勝ち! その瞬間、グラウンドに紙テープが投げられた。梨田さんが宙に舞う。3度。何となく低空飛行だった。これは梨田さんご自身が「重かったんでね。もうちょっと高く上がりたかった」と後でコメントしている。大人の味なのだ。ちょっとテレがある。SHNJO、ヒルマンと来たファイターズのショーアップ路線にはちょっと乗りはぐれている。優勝監督インタビューで(たぶん球団広報が用意した)決めセリフを言ったのだが、けっこうな違和感があった。「ファイターズファンは宇宙一です!」
もちろん優勝特番で僕は梨田さんの「宇宙一」にツッコんだ。監督おめでとうございます。前任者のヒルマンさんが「シンジラレナーイ! 北海道の皆さんは世界で一番です!!」と言ったのを受けての「宇宙一」だと思いますが、もうこれ以上、大きなものがありません。次に優勝したときは何と言われますか? 梨田さんはインタビュールームで穏やかに笑った。「それは次の方に考えてもらいます」。
ファイターズはこの年、新型インフルエンザ禍で窮地に立った
そうそう、大事なことがある。それは梨田さんにも伺ったし、その後、インタビュールームに来た宮西尚生にも直接聞いたのだ。「今年はインフルエンザにもかかって、思い出深い年になっちゃいましたね」。ファイターズはこの年、新型コロナならぬ新型インフルエンザ禍で窮地に立った。首位を独走していたチームが集団感染によって主力を欠き、6連敗を喫したのだ。宮西もその1人だった。「ホントですねー。あれは参りました。熱が下がっても身体に力が入らず、なかなか戻りませんでした」。
ほぼ10年前のことだ。たぶん熱心なファンの方でも、言われて、あぁ、そんなことがあったなという感じじゃないか。ファイターズはウイルス感染症でシーズンを台無しにしかけた「球界初の経験」を持つ。今の言い方でいえばクラスター発生だ。あれは貴重な教訓をチームに残した。衛生面の管理や、罹患者を隔離する対応など現場が学んだものはとても大きい。
経過を振り返ろう。インフルエンザは通常、真冬に流行するものだが、この年は春頃から新型インフルエンザが世界的に流行していた。ファイターズで最初に罹患したのは大野奨太だった。8月16日、札幌市内の病院でインフルエンザの診断を受け、戦列を離れている。が、事態の深刻さには誰も気づいていなかった。この日は代役で出番をもらった中嶋聡が延長10回、相手のサヨナラ暴投で激走&生還している。翌日の新聞に「インフル代役40歳中嶋」の見出しが躍った。まだ「ちょっといい話」の範疇だった。
18日の楽天戦(旭川)で大騒動になる。試合前、選手、コーチら20名が次々にタクシ-で病院に運ばれたのだ。そのうち福良コーチ、スレッジ、宮西、金森がインフルと診断され、宿舎に隔離された。翌19日は更に6人が発熱でダウンだ。二岡、糸井、小谷野、鶴岡、八木、菊地が隔離。幸いグラウンド状態不良のため試合は中止になったが、「オーダーが組めない」(梨田監督)緊急事態である。
チームは7月から9カード連続勝ち越し(球団記録)と絶好調だった。何と7ゲーム差離してぶっちぎりの首位だ。が、18日以降、今季ワーストの6連敗を喫して、3ゲーム差まで詰められてしまう。6連敗目の8月26日には(既にスレッジ、小谷野、糸井らは復帰、強行出場していたが)新たに真喜志コーチ、飯山が発熱している。
スタメンを比較してみよう。8月16日(大野だけが欠場した日)のオーダーは1番賢介、2番糸井、3番稲葉、4番信二、5番スレッジ、6番小谷野、7番坪井、8番鶴岡、9番金子誠だ。それが20日にはこうなる。1番賢介、2番村田、3番稲葉、4番信二、5番坪井、6番金子誠、7番稲田、8番中田、9番紺田。看板の「最強の2番・糸井」や勝負強いスレッジが消え、すっかり小粒な打線になっている。
注目ポイントはこのピンチに2軍からコールアップされた中田翔だ。このときは(大野、鶴岡が揃って離脱したため)高橋信二が捕手を務め、中田が一塁に入った。鳴り物入りで入団したものの、1軍の壁に阻まれていた中田(そして陽仲壽)がチャンスをもらった。まだブレークしないんだけどね。若い力が起爆剤になるんじゃないかと期待されたのだ。
だから優勝の決まった夜、ファイターズの選手、スタッフは皆、心底ホッとしていた。僕は優勝特番の「興奮よりも安堵」という空気感を覚えている。危なかったのだ。一時はどうなるかと思った。梨田さんの「宇宙一」はそういう大混乱の末に飛び出したのだ。
今は梨田さんも球界全体も、あのときと比べものにならない大ピンチだ。だけど、梨田さんもプロ野球も、きっと苦難を乗り越えるものと信じている。「10年前のパンデミック」をファイターズは現場で経験した。がんばれ梨田さん! あのときも今も僕らの思いは変わらない。
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