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「『パッカーン事件』直後は、矢部さんはとにかく岡村さんの体調を心配して、寄り添っていました。ですが、復活を果たしてから岡村さんは変わった。“周囲の目を気にせず、ストレスから解放され、やりたいことをやる”という治療の方針もあってか、人の意見を聞かず、何を言っても馬耳東風。独りよがりな”裸の王様”になってしまったのです。

 周りの空気をまるで気にせず、思ったことは何でも発言して、デリケートなテーマでもお構いなしに下ネタをぶっ込んでくる。過激な風俗ネタを番組スタッフがNGを出しても、気にも止めなくなった。本人は言いたい事をぶちまけてストレスフリーだったのだと思いますが、正直、現場はシラけることも多かった。

 そんな岡村さんの独りよがりな行動や発言を矢部さんは面白く思っていなかった。『パッカーン事件』の1年後くらいから、矢部さんからは岡村さんの愚痴が出るようになりましたね。楽屋で行うスタッフの反省会で、矢部さんが『なんやねん。好き放題やって』とよく岡村さんについてのダメ出しをしていましたけど、決して本人に直接は言わないんです。

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 岡村さんは自分のことを言い出したら、人の話を聞こうとはしません。モメるのも嫌なので矢部さんは諦めていました。本人に直言したら、またパッカーンしてしまうかも知れないから、気づかっていたのでしょう。今回ラジオで厳しい言葉を次々とぶつけていたのは驚きましたが、これまで溜まりに溜まっていた矢部さんのホンネなのだと思いました」

ニッポン放送に駆け付けた矢部浩之 ©文藝春秋

 矢部は番組で「俺もそうやけど、注意してくれる人が少なくなってきている」と発言したが、病み上がりの岡村の“やりたい放題”に諫言する人間はいなかった。

「ナイナイさんは吉本のなかでも大御所枠。社内でも彼らにモノを言える人はほとんど残っていない。吉本芸人でもダウンタウンさんなどは派閥も違う。言えるのは明石家さんまさんくらいでしょう。『パッカーン事件』以降、岡村さんのメンタルを気づかうあまり、番組の偉い人も腫れ物に触るような接し方になっていったのです。

 岡村さんの心の支えは自分たちの力で売れたというお笑い芸人のプライドです。もともと頑固な人で決して自分の意見を曲げない。復帰以降は周囲も何も言えない、言わない。矢部さんすら注意することを諦めていました。それが世間とのズレを生んでいったのは間違いないです。はじめは少しの歪みだったのが、年々、溝は大きくなっていった」(同前)

 矢部も今回、番組の中でこう指摘している。

「復帰したらみんなさらにやさしくなってんねん。それはさらにぬるま湯になってたかも。アンタはアンタで地獄を見て大変だったと思うけど、コンプレックスもあって、可哀想さんやねん」

22年間続いた「めちゃイケ」も2018年で終了(フジテレビHPより)

 もともと矢部にとって岡村は高校のサッカー部の先輩であり、友人だ。暴走を始めた“裸の王様”を食い止めることができるのは、矢部しかいなかった。

 ラジオ番組関係者が今回の”公開説教”の経緯を明かす。