かつて「暴力の街」「修羅の街」と呼ばれた福岡県北九州市。全国唯一の特定危険指定暴力団「工藤會」がこの街を牛耳っていたからである。しかし今、工藤會の屋台骨がぐらついている。福岡県警による相次ぐトップ検挙。一体何があったのか――。

 現場を指揮した元刑事が、工藤會壊滅を本気で志すきっかけとなったという「倶楽部ぼおるど襲撃事件」の全貌を、このほど発売される「県警VS暴力団 刑事が見たヤクザの真実」(文春新書)から抜粋する。

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手榴弾によるクラブ襲撃事件

 平成15年8月18日、月曜日の午後9時過ぎ、ちょうど私が帰宅したところだった。小倉北署担当の捜査員から電話が入った。

「倶楽部ぼおるどに爆発物が投げ込まれました。犯人は(工藤會系)中島組のKです。Kは現場で取り押さえられましたが意識不明です」

「はじめに」で触れたクラブ襲撃事件である。実行犯の工藤會系組員が投げ込んだ手榴弾によって、その店で働いていた女性たち12人が重軽傷を負った。投げ込まれた手榴弾のそばにいた数人は顔面、両手両足に火傷を負い、中には、爆風で足首付近が裂けたり、飛び散ったガラス片などで酷い傷を負った女性もいた。工藤會とは何の関係もない女性たちだった。この事件は全国でも大きく報じられ、工藤會の凶悪性は北九州市民以外にも知られることとなる。

手榴弾を投げ込まれた店内の様子(福岡県警撮影)

 私が到着すると、すでに負傷者は救急隊が病院に搬送し、店の関係者らは小倉北署で事情聴取中だった。私は応急的に現場を検分した。手榴弾の破片が飛び散り、付近を破壊しているはずだが、そのような痕跡はない。だが、ソファがひっくり返り、爆発現場の壁板が割れていた(※写真参照。矢印の先が爆発地点)。壁板を隔ててトイレがあったが、小便器が粉々になっていた。店内のガラス窓は上から壁紙が張られており、壁にしか見えないようになっていたが、爆発現場付近の窓は全て内側から外にガラスが砕け散っていた。つまり強烈な爆風が生じたのは間違いない。

使われたのは米軍製の「攻撃型手榴弾」

 事件当時、店の右奥のソファにホステスの女性20名ほどが待機していた。犯人の組員が投げた手榴弾は一番奥にいた女性の頭に当たって、入口側に跳ね返り、トイレとの境の床で爆発したのだった。手榴弾が爆発した場所には浅い窪みができ、床や壁には煤がついていた。その後、ソファの下から手榴弾のピンなどが発見された。使われたのは米軍製の「攻撃型手榴弾」だった。

 手榴弾というと通常パイナップル型を思い浮かべると思う。これは「破片型手榴弾」と呼ばれるが、パイナップルのように周りに切れ目があり、爆発の際にはこの外壁部分が大小の破片となって飛び散り、その破片で敵を殺傷するのがこの型である。平地で使用すると、手榴弾を投げたほうにも破片が飛んでくる。

 一方、この事件で使われた攻撃型手榴弾というのは、TNT(トリニトロトルエン)という強力な爆薬の爆風で近くにいる敵を殺傷するものである。手榴弾の外壁は樹脂などでできている。直近数メートルの敵を殺傷し、破片型のように投げた人間に破片が飛んでくることはない。攻撃に適しているので、攻撃型と呼ばれている。