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「私のこともミチコと呼んでください」

――ご著書の中で宮中晩餐会を「いまでも魂を奪われるような最高の記憶として残っている」と書かれています。説明していただけますか。

「皇居は実に印象深い場所です。雰囲気、伝統、引き継がれてきた外交儀礼の重みと、歴史のなかにいるような思いでした。禅にも通じる精神性が満ちています。美智子皇后とは2回、通訳を入れて話しましたが、私が恵まれない子供たちの人道支援団体の代表をしていることや、アフリカに関心をもっていることなど、実に詳しく私がやっていることをご存知で、よく準備していただいていると感じました。

 皇后は本当にお優しく、私にとっては夢のような時間でした。確かに『ヴァレリーとファーストネームでお呼びしていいですか。私のこともミチコと呼んでください』と言われました。しかしとても失礼でできませんで、私は皇后とお呼びしてお話ししました。相手に対する思いやりと、温かみ、深い配慮をお持ちの方だと感じます」

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インタビューに応じるヴァレリーさん(服はディオールが融通してくれたものだという) 筆者撮影

「贅沢をしている」と非難され

――ファーストレディーのとき、メディアの激しいバッシングに晒されたことをご著書で明かしています。

「最初のころ、私は手持ちの服を着ていたのですが『シックでない』と批判されました。それを聞いたディオールなど高級ブランドのメゾンが服を融通してくれるようになりました。すると今度は『贅沢をしている』と非難されました。いま着ている服はそのときのものです(笑)。あるメディアからは『ソファーのクッションを買った』と批判されました。私はクッションを買ってはいません。たとえ買っていたとしても大した値段ではなかったでしょう。そんな些細なことさえ批判されるのです」

津波で被災した石巻市立大川小学校で、被害者の親族に話を聞くヴァレリーさん 筆者撮影

 以上のインタビューは拙著『知られざる皇室外交』(角川新書)から一部引用したが、ヴァレリーさんは「私が事実婚でなく、正式の大統領の妻だったらこんなにメディアのバッシングは受けなかったはず」「周りは私のことを日陰者と見ていた」とも語っている。