武漢市では、遅くとも昨年12月初旬までに原因不明の肺炎患者が発生し、その脅威について現地の複数の医師らが通信アプリ「微信」上で指摘していた。その「書き込み」は次々と削除されたが、この米政府当局者によれば、武漢の米総領事館や中央情報局(CIA)などは素早く保存し、現地で医療関係者にも接触。証言の分析には、疾病予防管理センター(CDC)も加わり、いち早く未知のウイルスの感染拡大を察知していた。
米国は武漢でつかんだ情報を中国政府に突き付けて説明を求める一方、衛星写真や通信傍受も行い、感染状況を追い続けたという。米政府高官は筆者にこう語った。
「感染力が極めて強いことも、無症状の感染者が多数いることも、中国政府が公表する前に把握していた」
米国は中国側の公式発表だけを信じずに、素早い渡航制限に踏み切ったことで、「ウイルス対策のための時間を6~8週間も稼ぐことができた」(オブライエン米大統領補佐官)。対中外交に携わる日本政府関係者は、「外交部門だけではなく、情報機関や衛生部門も一体となった情報収集能力はさすがだ」と評する。
崖っぷちに立たされた習近平の「戦略」
米国が積極的に情報収集を行っている頃、習近平は国家主席に就任して以来、最大の危機に瀕していた。逆風下の習が利用したのは、中国共産党の伝統芸である宣伝工作(プロパガンダ)だった。習を「忖度」する中国政府当局者や官製メディアは、中国政府の危機対応を称賛する一方で、米国などの対応を批判するキャンペーンを展開した。こうした中国の動きに対しトランプは激怒し、武漢病毒(ウイルス)研究所からの「新型コロナ流出疑惑」を指摘するところまで踏み込んだ。
だが、武漢病毒研究所に焦点を当てたことで米側は、習近平が仕掛けたプロパガンダ戦の「罠」に引っかかったといえる。発生源論争を始めた結果、初動の遅れや情報の隠蔽といった習近平自身の失策から目をそらされてしまったのだ。
実は、武漢病毒研究所を巡る「発生源論争」は、崖っぷちに立たされた習近平が反転攻勢のために仕掛けた「3段階の戦略」の第一歩だった。そして3段階の戦略の「最終段階」が5月22日から始まった全国人民代表大会だ。
はたして習近平の「戦略」とはどんなものだったのか――。
◆
その全貌については、「文藝春秋」6月号及び「文藝春秋 電子版」に寄稿した「米中コロナ戦争 CIAと武漢病毒研究所の暗闘」の中で詳述した。新型コロナを巡る米中対立の背景を理解するためにも、ぜひ一読してほしい。
※「文藝春秋」編集部は、ツイッターで記事の配信・情報発信を行っています。@gekkan_bunshun のフォローをお願いします。
米中コロナ戦争 CIAと武漢病毒研究所の暗闘
【文藝春秋 目次】<総力特集202頁>緊急事態を超えて ウイルスVS.日本人 山中伸弥 橋下 徹/磯田道史「続・感染症の日本史」/WHOはなぜ中国の味方か
2020年6月号
2020年5月9日 発売
定価960円(税込)