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「あ、準備しなきゃな」市原悦子さんが75歳のちょっと前から断捨離を始めた理由――2019年の訃報記事

市原悦子が残した25の言葉

2020/06/05
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天然繊維の、すてきな生地に包まれていたい

 写真の後は、台本や、雑誌、新聞記事を整理した。それから洋服も片づけた。いくらデザインや柄が好きでも、生地の良さを優先し、人工素材のものは思い切って捨てた。

「天然繊維にこだわる私は、織り、染め、色の良さにひかれるようになりました。そして生地の暖かさ、涼しさ、肌ざわりも気になってね。まあ、すてきな生地に包まれていたいです」

 2013年の9月には2年がかりで完成した『やまんば 女優市原悦子43人と語る』を春秋社から出版し、役者人生の総まとめをしている。

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 翌年4月に夫の塩見さんを見送ると、1年近く「自分の人生も終わった」と魂が抜けたような状態になっていたが、遺品や衣類を整理し、樹木葬にすると決め、追悼集を編集するうちに、気持ちも整理されたのだろう。少しずつ元気を回復した。

独り身になると、シンプルに生きていくようになる

 塩見さんはおしゃれな人だった。

「あなたのコートやシャツ。カッコよくて、豊かな天然繊維でつくられた、それらを着ると、守られている安心感にホッとします。暖かく包まれます。

 あなたがいつも言っていた『着てごらん、着られるよ』って。毎日、着ています。ほんとに着心地がいいの、ありがとう!」

 2016年の春に自費出版した『月に憑かれたかたつむり 塩見哲へのレクイエム』に添えたことばである。その秋口にはこんなことも言っていた。

「身辺を片づけてきちっとしておこうというのも、誰かいれば、やってくれるって思う。1人になると、それが使命になるのね。たった2人の家族なのに、私は塩見に頼りきっていた。誰でも独り身になると、シンプルに生きていくようになってるのね。ごちゃごちゃ物を持ったり、買い込んだりしないで。甘さがなくなって強くなるのよね」

「食器は、ご飯茶碗とお椀とお皿と小鉢があれば」

 この2ヵ月後、市原さんは自己免疫性脊髄炎で倒れる。

「モノを減らして、お部屋も小さくして、髪も短くして、リヤカーひとつで引っ越しができるような暮らしが理想です。

 食器は、ご飯茶碗とお椀とお皿と小鉢があればそれだけでいい。

 着る物は、あいもの4枚、冬物2枚、カシミヤのコート1枚、それでけっこう。

 洋服ダンスに全部掛けても、すき間がたっぷりで空気が通り抜けるようにする─できたらね。(笑)」(『婦人公論』2018年7月10日号)

 18年の春には、NHKの深夜番組『おやすみ日本 眠いいね!』の一コーナー「日本眠いい昔ばなし」の朗読に復帰した。

 5月14日には車椅子で収録した後、ライターや友人、マネージャーに囲まれ、とても楽しそうに話していた。たった1年前の話だ。

いいことだけ考える 市原悦子のことば

沢部 ひとみ

文藝春秋

2019年12月6日 発売

「あ、準備しなきゃな」市原悦子さんが75歳のちょっと前から断捨離を始めた理由――2019年の訃報記事

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