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悪夢のような1年を経て“生まれ変わった”坂口智隆に送るエール

文春野球コラム Cリーグ2020

2020/06/02
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「こういう無様なカッコを見せることに意味がある」

 その後も坂口が1軍に戻ってくることはなく、シーズンも押し詰まった9月。まだ真夏のような暑さの戸田で、彼はひたむきに自分自身と向き合いながら、汗を流していた。

「なかなか思うようにはいかないッスね。イメージは湧いてきてるんですけど、(患部の)痛みであったりね、体がそのとおりに動かないっていうのが歯がゆいというか……。球団からは治す方に専念すればって話もあるんですけど、このまま何も掴まずに(シーズンを)終わるのは僕自身もイヤなんで。それにこういう無様なカッコを見せることに意味があると思うんでね」

 無様なカッコを見せることに意味がある──。その言葉の真意は1つではなかった。

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「自分の中で今の姿を受け入れるためにっていうのもそうですし、ヤクルトに来て初めてこんなに長く2軍にいて、『戸田ってこんなに暑いんや』とか『こんなに遠いんや』って思う中で、ファンの人も来てくれたりするんで。休むのは簡単ですけど2軍といってもプロなんで、無様だろうがなんだろうが、こうやってもがいてる姿を見せるっていうことも必要かなって」

 さらに──。

「『アイツ終わったな』って言われ始めてから、それをガソリンに変える力が残っていれば、まだ野球を続けられるかなと思うんです。心が折れそうにもなるけど、そこは覚悟を持ってやります」

 2軍でも2割そこそこしか打てない姿をさらして「終わった」と思われたとしても、持ち前の負けん気で、それを活力にする。その気持ちがあれば、自分はまだプロでやれる──。そんな思いで、ファームのグラウンドに立ち続けていたのである。

©遠藤修哉

 結局、坂口はそのまま2019年シーズンを終了。12月の契約更改後の会見では「シーズンが終わって、もう一回キッチリ治すということに専念して1カ月が経ちましたけど、すごく順調に来てるというか、しっかりとスイングもできる状態にはなっています」と話した。

 2020年の目標については「レギュラーとして試合に出ること。それが自分の中で絶対に達成したい目標なんでね。こうやって1年間、1軍の試合から離れて、ますますそういう思いが強くなったんで」と、レギュラー再奪取を誓った。

 そして迎えた今年、キャンプ、オープン戦と順調に過ごしてきた。「1番・一塁」を中心に12試合に出場したオープン戦の成績自体は芳しいものではなかったが「数字うんぬんよりも、なんとかなりそうな感じはあります。去年は『打てるんかな?』っていう感じだったんで」と話す表情は、新たなスタイルが確立できつつあることをうかがわせるものだった。

©遠藤修哉

 それから3カ月。新型コロナウイルス感染拡大に伴って延期されていたプロ野球のシーズンが、ようやく幕を開けようとしている今、あらためて思う。もし「野球の神様」というものが存在するのであれば、どうか今年は坂口に無事にシーズンをまっとうさせてほしい、と。

 フォア・ザ・チームの精神の塊のような男だけに、ひとたびグラウンドに出れば、これまでと同様にケガもいとわず全力でプレーするだろう。そんな時も、どうか大きなケガだけにはつながらないように見守ってほしい。悪夢のような1年を経て、生まれ変わった坂口智隆がシーズンを通してグラウンドに立ち続ける姿を、今年は何としても見たい──。

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