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「90年代の風俗店を書くなら店内のBGMは絶対MAX」――燃え殻さん、小説を語る

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フェイスブックで昔の恋人を見つけたのは実話です

「これも実話です。断ち切ったはずの昔の恋人をフェイスブックで見つけてしまい、読みたくないのに、彼女の書き込みから目が離せなくなってしまった。それならいっそ、いまだに込み上げてくるこの衝動を『彼女に向けて書いてみようか』と。だから、連載当初は彼女のためにという思いがどこか強かったように思うんです。ただ、連載が進むうちに、あの頃は2人だけにしかわからない世界を生きて、理解し合えていたようでいて、実は齢(とし)を重ねたいまの僕にしか見えないこともあるんじゃないか、って思えるようになった。で、最後には、彼女のためにではなく、自分のために書きたいことを書いてみた。そのことで、やっと自分の過去が少し肯定できたかなって」

 過去と現在を行き来して、かおりへの思いが描かれることで、2人の微妙な距離が深く切なく響いてくる。

「最初は何をどう書いたら小説になるのか見当がつかなくて戸惑うばかりで……。で、ただひたすら、心にこびりついている感情や風景を叫ぶように写し取っていくことにしたんです。なにせ、高校生のときに出会った中島らもや大槻(おおつき)ケンヂを永遠のヒーローと思って繰り返し読んだほかは滅多に本も読まなかったですし。ただ、彼らの『それが一日でも、生きてて良かったと思う日を抱きしめて生きろ』という言葉を僕は信じ続けていて、その言葉に常に背中を押してもらっていました」

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 2人の心象風景とともに、時代の空気をリアルに映し出すのが、フリッパーズ・ギターやレコードショップWAVE、大友克洋(おおとも かつひろ)の『童夢』に六本木ヴェルファーレといった、物語にちりばめられた固有名詞の数々だ。

「ものすごく個人的な体験だと思えるような場面でも、徹底して固有名詞は出すようにしました。それがどんな描写よりも、僕の目に映った光景をリアルに浮かびあがらせてくれることがあるから。たとえば、当時の風俗店を書くなら店内のBGMは絶対にMAXだとか(笑)。あと、僕は匂いで記憶してることが多くて。だから、作中に出てくる渋谷のラブホテルも、安っぽい芳香剤のむせ返るような匂いとともに覚えてる。それを書く方が画(え)が浮かんでくる。『ああ、俺の知ってる景色でいうとあそこだな!』って読者にもパッと伝わる。そういう、読者との共通言語を見つけることを一番大事にしました。だから、『燃え殻さんがいた場所に、俺もいました』ってたくさんの人に言ってもらえて、それが本当に嬉しかったですね。今回、本にしてもらったことで、いつもどこか生きづらくて、他人の目から覆い隠してきた自分の中の暗部を初めて肯定してもらえたような気がして。これで、いろいろな過去が成仏できたのかなぁって。もしかしたら俺の人生、悪くなかったのかもって、たぶん人生でいま初めて感じています。だからってこれで大人になれたわけではないと思いますけど(笑)」

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『ボクたちはみんな大人になれなかった』(燃え殻 著)

燃え殻(もえがら)/1973年、静岡県生まれ。テレビ美術制作会社勤務。2010年、新規事業部立ち上げの際に日報代わりに始めたツイッターが、現在フォロワー数9万5000人を超えるアカウントになる。17年6月、ウェブサイト「cakes」での連載に加筆した単行本『ボクたちはみんな大人になれなかった』を刊行。発売初日から売り切れる店が続出するなど話題を呼んだ。

ボクたちはみんな大人になれなかった

燃え殻(著)

新潮社
2017年6月30日 発売

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「90年代の風俗店を書くなら店内のBGMは絶対MAX」――燃え殻さん、小説を語る

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