「投げた試合は全部0点に抑えたい」
ところがところが。初回のピンチを併殺で切り抜け、3回の1死一、三塁もけん制で走者を刺すなどして無得点に抑えると、緩急をつけながら高低、幅、奥行きも使ったテンポのいいピッチングで、ドンドンと凡打の山を築いていく。8回までスコアボードに「0」を並べたところで球数が100に近づき、交代を告げられたが、まさに「これぞ山中!」だった。
そこでハッとした。彼に今シーズンの目標を聞いた時のことを、思い出したからだ。山中が言っていたのは「まずは、やっぱり1軍にいたいですよね」。そして──。
「極論ですけど、とにかく0点に抑えるということです。投げた試合は全部0点に抑えたいんで。先発かリリーフかは監督とコーチが決めることですけど、与えられた役割で防御率0.00を目指します」
決して冗談めかしていたわけではない。完璧主義者の山中らしいなと思った。それを彼は、今季1軍初登板で実行してしまったのだ。あらためてそのことに気付き、ちょっと鳥肌が立った。
惜しむらくはこの日は中日の先発、梅津晃大のピッチングも素晴らしく、ヤクルト打線も攻略ができなかったことだ。プロ2年目、23歳の右腕は127球で10回を投げ切り、無失点で完投。今シーズンのプロ野球は特例事項で延長戦は10回までと決められているため、試合は0対0の引き分けに終わった。
18年9月15日の阪神戦(甲子園)以来、687日ぶりの白星とはならなかった。それでも、その間に山中が重ねてきた努力、流してきた汗、抱えてきた葛藤に思いを馳せると、胸に熱いものが込み上げてくる。と同時に、なぜか今から30年ちょっと前に一大ブームを巻き起こした短歌が頭に浮かんできた。
「この味がいいね」と君が言ったから 七月六日はサラダ記念日──。
君が言ったから? 記念日? だったら、山中が378日ぶりの1軍登板で一世一代のピッチングを見せた今日は、これはもう「復活記念日」だろう。なぜ、何の脈絡もなく「サラダ記念日」が頭に浮かんできたのかは謎でしかないが、とにかくテレビの前で正座をしたまま、独りごちた。
山中は明日、8月9日に再び先発が予想されており、この試合で2シーズンぶりの白星を手に入れるかもしれない。仮にそうなったとしても、記念のTシャツが作られたとしても、筆者にとっては8月2日こそが彼の「復活の日」。だから、あらためて言おう。8月2日は燕のサブマリン、山中浩史の「復活記念日」と──。
P.S.俵万智先生、ごめんなさい。
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