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葛藤と感動――巨人vsヤクルトin神戸“ニュースタイル”観戦記

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/07/15

そして、神戸。新規感染者243人、「諸悪の根源」と言われた東京の2チーム

 いまだかつて、こんなに葛藤と憂鬱に苛まれた野球観戦があっただろうか。

 政府の方針に従って7月10日からNPBは上限5000人で観客受け入れを始めた。新型コロナ感染対策を行った上で行う“第1戦”。東京同士のチームによる“東京ダービー”で“こけら落とし”が行われると聞いた時は、正直妙な興奮を覚えた。

 画面越しではない「生の球音」が楽しめる。今年2月、沖縄・浦添のキャンプでスワローズの選手の勇姿を拝んでから、5か月。なんと長かったことか。

 発売日にパソコンに張り付き観戦チケットを確保。ホテル、新幹線のチケットは金券ショップで用意。球場通いが日課であった私に「日常が帰ってくる」実感が一気に湧いてきた。讀賣ジャイアンツの主催試合が神戸で、しかも相手が東京ヤクルトスワローズというのは紛れもない「非日常」の証左だということを別として。

 しかし、東京都で1日あたりの新型コロナウイルス感染者はみるみるうちに増加に転じ、試合当日は過去最多の243人が確認(行きの新幹線の中で速報ニュースが入り、背筋が凍った)された。間の悪いことに、その前日には兵庫県・井戸敏三知事の「諸悪の根源は東京」という発言があったばかり。東京の2チームが揃って兵庫県の県庁所在地でゲームを行い、ファンをも連れてくる。果たして神戸の人はどう思うのか……。

「神戸 泣いてどうなるのか」と前川清は唄ったが、その街に向かう道中は雨予報もあり憂鬱だった。平日の午前中であれば、ほぼ満席の新幹線のぞみの乗車率は50%以下。いつもは人でごった返している新大阪駅のコンコースも閑散としていたことも拍車をかける。

 三ノ宮駅に向かう新快速のなかでスワローズのファンクラブのリュックを背負った青年を見かけた。座席はいくらでも空いているのにドアにもたれ、外をじっと見ている。今にも降り出しそうな鉛色の空を気にしているのか……。

 私はこの時点ではグッズを出す気になれなかった。いつもは球場に近づくかなり前からキャップをかぶり、ユニフォームを纏い、徐々に“戦闘意識”を高めていくのだが、カバンの奥底、紺色の「YSキャップ」を取り出すのには、十数駅分時間を要することに。

 三ノ宮駅で「ほっともっとフィールド神戸」の最寄り駅に向かう地下鉄に乗り換えたとき、ホームのあちこちに並んでいる、オレンジのユニフォームを見てようやく決心した。「TOKYO」と胸に入った緑のユニフォームに袖を通す。

ほっともっとフィールド神戸

「距離を空けてお並びください」「検温にご協力ください」。球場最寄り駅の改札を出ると聞こえてきた、観戦者に注意を喚起するアナウンス。入場口に設えられた足型のマットに立つとサーモグラフィが当てられ体温が表示される。マスク着用、手指消毒はスタンダード。もぎりはもぎりではなく、チケット券面のバーコードを専用端末で読み取ると、本人名が端末にディスプレイされ入場が許可される。

充分な間隔をとった入場列
もぎりではなく非接触型のバーコードスキャン

 手荷物検査は自らの手でカバンを開け、中身を取り出す。もし感染者が出た場合、周辺の人々を特定するための「入場者情報記入券」には個人情報を記入し、回収ボックスに入れる。

「入場者情報記入券」電話番号、座席位置を自筆で記入し提出する

 ここまでわずか1分程。淡々と、だが手際の良い入場動線に感心していると、「はいどうぞ〜!」とこの日の入場者全員に配られる「橙魂ユニホーム」と、手や座席を拭くようにとアルコール布の小袋を手渡された。

 小袋はポケットに、オレンジ色のそれはカバンの奥底にしまい、内野指定席に通ずるなだらかな坂を上がる。主である「オリックス・バファローズ」の選手写真のバナーを抜けると、緑の絨毯が現れた。霧雨に煙る天然芝の内外野のフィールド。我がチームと言えば1995年の日本シリーズでイチロー擁する「オリックス・ブルーウェーブ」と相まみえた思い出深いスタジアムだ。

舞台は申し分なし。内外野天然芝のスタジアム。11日は4503人が詰めかけた

 電光掲示板のスターティングメンバーの頂上に「1B・坂口」とあった。スワローズが最後にここで公式戦を行った(スカイマークスタジアム時代の2010年5月30日)のスコアを調べた。ビジターチームのラインナップの一番上に「CF・青木」、その対向、ホームチームには「CF・坂口」とあった(ちなみにその坂口の8段下には「SS・大引」、さらに、スワローズの「P」は由規だった)。

 あれから10年、2人は紆余曲折を経て、スワローズのリードオフマンとキャプテンとして、チームを牽引してくれている。単なる10年前の記録さえ、貴いものに思えてくる。

 そんな感慨に耽っていると、霧雨はみるみる横殴りの雨に変わり、試合開始10分前にして、グラウンドのアンツーカー部分は水田と化した。約30分後、無念の「雨天中止」。

 その後、巨人・岸田行倫、ヤクルト・宮本丈による雨中の「ヘッドスライディングショー」が行われた。あろうことか、屋根のついたコンコース部分に観客が溜まり、しかも、2人に対して「待ちに待ったプロ野球への渇望」と「雨天中止の憂さ」が入り混じったような声援が(マスク越しに)浴びせられ、結果「密」への懸念となってしまったのは主催者も想定外だったろう……。