昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/08/18

 最初は何も知らないで家族連れやカップルで島に来る。そこで初めて売春のことを聞いて、あとになってから1人で再訪する、という男性客も多いと聞きます。

〈渡鹿野島で売春の“手入れ”を指揮していた三重県警の警察官が取り調べをした置屋の女将と親しくなって退職。その後、売春の元締めである置屋のマスターになった、という信じられない実話もある。ほかにも島の魔力や魑魅魍魎を伝える逸話には事欠かない〉

売春婦たちが暮らしていたアパートの一室(著者提供)

なぜ売春する女性が島に集まったのか

――そもそもこの本は、1995年に彼氏に騙されて売春島に売られた当時17歳の少女が対岸まで500メートルを泳いで逃げた……という衝撃的な証言の紹介から始まります。事の真偽は本を読んでいただくとして、最盛期の島にはどんな女性が集まり、どんな暮らしをしていたのでしょう?

高木 1980年代から90年代後半にかけての時期でいえば、借金で首が回らなくなった日本人の女の子、それからホストや暴力団員になかば騙されるような形で売られてきた子が多かったみたいですね。

 取材の当初はやはり、売られた子は厳しく隔離されて借金漬けで絶対に島からは出られない――というイメージを持っていたんです。「人身売買ブローカー」だった暴力団員の話でも、女の子の買い物にも置屋のママが付いていくという。その女の子が商店に入ったらすぐに自動扉を閉めて逃げられないようにする。そこまでやるんだ、というわけです。でも実際は、バンス(借金)を置屋に払い終わった子は自由になったらしいんです。それでも90年代までは島は栄えていて結構稼げたから、借金を完済してもだらだらと居ついちゃう子が多かったそうです。

置屋のあった島の路地裏(著者提供)

 彼女たちに聞いた話だと、島の人も優しいらしいんですね。女の子が居酒屋に行く。すると男連中は「誰々ちゃん飲め飲め」みたいなノリでおごってくれる。だからお金もあまり使わないんだ、と。結局、島が売春産業で栄えることで島民は何らかの恩恵を受けている。だから女の子を大切にするのは当たり前、という感覚だと思います。これは衰退期の今になっても変わらないらしいですね。