学校の送り迎えはほとんど静香がこなしていたという。心美は、放課後に公園や友人の家で遊ぶことなどほとんどなかったようだ。多感な時期にストレスが積み重なったのだろう。
その捌け口は母親である静香だったという。木村家と交流のあった人物が当時を振り返る。
「ママの英語は下手すぎてわかんない」とクスクス
「彼女たちは姉妹仲がよく、内緒話をする時には英語で話をしていました。それを静香さんが英語で注意をしたことがあったんです。すると姉妹は『下手すぎて何言ってるかわかんなーい』と言って、クスクス笑っていました」(別の学校関係者)
2人の娘に手を焼きつつも、それでも静香は熱心に育児に向かっていた。
「学校の昼食はお弁当制だったので、毎日、静香さんはオーガニック志向の手作り弁当を2人に持たせていました。いつも2人は『今日も美味しかったよ。ありがとう』と言って空になったお弁当箱を静香さんに渡していたそうですが、少し残してしまうこともあった。妹さんは学校で残したおかずを捨てて空のお弁当箱を持って帰るのですが、心美さんは静香さんに残したことを正直に打ち明けてしまいます。怒られる心美さんを見て、光希(Kōki,の本名)さんは『ドンくせー』とからかうこともあったようです」(同前)
CocomiもKōki,も勉強のほかに多くの習い事をしていた。両親の影響もあるのか、ピアノやバイオリンなど、音楽関係のものが多かった。芸能界デビューで注目されたフルートも、インターナショナルスクール時代に身につけた。
「もともと習っていたピアノの先生の本業がフルートだったことがきっかけです。心美ちゃんはピアノはイマイチだったのですが、フルートに切り替えて才能が伸びた。妹も同じように習っており、姉妹の腕前は学校のレッスン生のなかでも群を抜いていました。