「おたくは、しっかりとコロナ対策できていないね。どうなってるの? 会社どこ? 責任者はどう思ってるの? こんなこと許されると思ってるの?」
矢継ぎ早に聞いてくる。このようなタイプの乗客は、返す答えにいちいち揚げ足をとってくることがあり、らちがあかないので、
「会社の指示通りのことをして、なにも問題ありませんが、いかがなさいますか? 他のタクシーをご利用されますか?」
と応じた。すると、
「ちょっと消毒かして」
と言うので消毒スプレーを渡すと、辺り構わず撒き散らし、仕舞いには運転席に向けて撒いた。
「消毒とはこうするものだ」
と言った後は目的地に着くまでだんまり。
「私は大丈夫だが、君はわからん」
目的地に着き運賃を伝えると、その乗客は千円札を2枚トレイの上に乗せた。私がお釣りの小銭を手にすると、
「そんな素手で触った金を渡すのか」
と言って受け取ろうとしない。
「頻繁に消毒しておりますのでご心配には及びませんが」
と言っても「信用できない」の一点張りで聞く耳もたない。ついにドライバーも乗客に言ってしまう。
「私がする手袋はお客さんへの感染予防ではなく、私自身の感染予防です。もしあまり気にするようでしたら、お客さん自身が手袋をしてはいかがですか?」
そして、私はトドメを刺す一言を放つ。
「お客様さん、その前にマスクしてはいかがですか?」
乗客は、あたふたとしながらも、「私はコロナじゃない! 感染してないからする必要はない。君はどうだかわからないけどな」と何を根拠に思ってか自信満々に言い放った。
自分はコロナをうつす心配はないが、コロナがうつる心配はあるという身勝手な人。コロナ禍だからではない、常に自分のことは棚に上げるタイプの人間だ。
結局、その乗客は頑としてお釣りを受け取らずにトレイに置いてあった千円札を1枚とりあげ、
「迷惑料だ。もっていくぞ。しっかり感染予防しとけ」
と捨てゼリフを吐き降りていき、運賃の足りない分はドライバーの自腹となった。
その乗客が降りた後の車内及び自分の身体を徹底消毒したのは、言うまでもないが……。