「堺正章さんの猿(孫悟空)、西田敏行さんの豚(猪八戒)は実際にいる動物です。でも沙悟浄の河童は空想上の存在。そのイメージに、ちょっと浮世離れした岸部さんはピッタリでした」(熊谷さん談)。
原作の『西遊記』に登場する沙悟浄は、河童という設定ではなく、“水怪(水の妖怪)”という存在だったが、日本へ渡った時点で、馴染みやすく“河童”にアレンジされたという経緯を持つ。その河童のイメージを決定的なものにしたのが、この岸部さんの沙悟浄だった(人形劇『飛べ! 孫悟空』[’77年]の仲本工事さんという説もあるが、それはまた別の講釈にて)。『西遊記』はイギリスBCC放送でもオンエアされ、岸部さんの沙悟浄は翻訳版のキャラ名・サンディの名前で英国民にも愛され、親しまれているという。
岸部さんが『西遊記』で体験した、本当に怖かった話
生来の“恐がり”である岸部さんは、この『西遊記』で幾たびか命が縮む思いがしたという。オープニングで、沙悟浄は滝つぼから岩の上にジャンプして登場するが、このシーンは逆回転撮影。つまり岩の上から滝つぼに向かって背中から飛び降りる、それを逆回転処理したもの。その際、決して足下や滝つぼを見てはいけない(上を見ていなくてはおかしいので)。CGもない時代の苦労話のひとつだが、正面からでなく背中から滝つぼに落ちるのは本当に恐くて仕方がなかったそうだ。
もうひとつ、演技でなく実際に恐くて泣き叫んでしまったのが第8話「悟空危うし! 鱗青魔王の逆襲」でのこと。蛇の化身、鱗青(りんせい)魔王(演じるは中尾彬さん)が放った蛇に全身を巻きつかれて脅迫されるシーンで、本物の生きた蛇を使って撮影が行われたが、じつは岸部さんは大の蛇嫌い。それも蛇だけでなく爬虫類全般がダメという筋金入り。それでもまだ短時間で撮影が済めば我慢のしようもあるが、蛇が狙い通りに動いてくれる筈もなく、えんえんとやり直しの連続。そのうちに堪え切れなくなった岸部さん、本当に泣き叫んでしまったそうな。その姿は“迫真の演技”として映像に収められているので、DVD等でお確かめを。