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2020/10/20

「心の内側から出る言葉に敵わないんですよ」

 3つめは「心で物ごとを伝える」ということ。

本人提供

 向坂アナといえば、数々の名場面、メモリアル実況を思い出す人も多いだろう。2013年9月11日、日本タイ記録となるバレンティンの55号ホームラン、2015年山田哲人のシーズン中と日本シリーズでの3連発を2回とも、そして2017年7月26日の10点差逆転サヨナラ試合。

「競馬実況時代『この馬が勝ったらこのコメントでしゃべろう』と決めていた時期はありました。でも、自分の中では心の内側から出る言葉に敵わないんですよ」

 以来プロ野球中継でも、あらかじめ言葉を決めることはやめようと思っている。ただ、バレンティンの55号だけは別だった。その頃東京五輪開催が決まり、「おもてなし」という言葉が流行語となっていた。

「絶対に言わない、と思っていたのですが、55号がヤクルトファンで満員のライトスタンドに吸い込まれていった瞬間『ヤクルトファンへのおもてなし!』……あ、言っちゃった、って(笑)」

 それ以外は、どんなことがあっても、瞬間に出てくる言葉で語る。筋書きのないドラマだから決めない。

「決めないからこそ、瞬間的に出た言葉は、再現しようと思っても出来るものではないんです」

 昨年の9月4日、山田哲人の200号サヨナラ満塁本塁打の実況でも、特別な言葉は用意せず、球場の興奮を伝えた。解説は達川光男さんだった。

「『この打席で200号が満塁サヨナラホームランになったらどうですかね』と問うと、達川さんは『私の口からは何とも』。そこでカキーン!と打った。ひと通り描写したあとで『私の予言通りになりましたね』と水を向けると『いや恐れ入りました』と、達川さんに言わせたのは気持ちよかったですね(笑)」

今まで取材をしてきて印象的だった選手

 冒頭の「無観客では奇跡は起こらなかった」という試合の後、向坂アナは8月9日に観客制限が緩和された5000人の神宮で実況をした。再び平良投手に抑えられ、0-4で敗れた試合だ。

「やはりスワローズは強いチームではないので。勝てる時って、まさに燕パワー、ヤクルトファンの皆さんの勢いに背中を押されて、選手が素晴らしいパフォーマンスを発揮して、信じられない出来事が起こり、逆転サヨナラ勝利、みたいなことが多いんです」

 球場にいるとき、恐らく誰もがそうしたうねりのようなものを感じたことがあるだろう。勢いを呼ぶ、流れを引き込む力。大きな声援は出来ずとも。

「ファンの力というのが、5000人規模だとやっぱり弱いなぁというところはありました。次の実況が今季最後になるのですが、観客は3倍近くになっているので、ヤクルトファンの勢いというのをしっかりと受け止めながら実況できたらと思っています」

「今まで取材をしてきて印象的だった選手は?」と聞くと、下積み時も壁にぶつかる姿も見て「キーパーソン」だという中村悠平を挙げつつ、最も注目する選手には「やはり村上ですね!」と力を込める。

「長年野球を見てきてあんな選手は見たことがありません。スイング、バットがボールをとらえた瞬間の音には惚れ惚れする。ヤクルトの一番の宝物じゃないでしょうか」

 来たる10月25日、神宮球場の中日ドラゴンズ戦。先日会見を行った、五十嵐亮太の引退セレモニーも行われる。実況は向坂樹興アナウンサー。

 その日、どんな言葉が試合を彩るのだろう。朗らかな声が、勝利に華を添えてくれれば言うことはない。心から出る言葉が、声が、長く聞けることを望んでやまない。

本人提供

 向坂樹興(さきさか・たつおき)

 1982年フジテレビ入社。報道・情報番組などで多岐に活躍し、現在『とくダネ!』ナレーション、CS放送フジテレビONE『SWALLOWS BASEBALL L!VE』実況などを担当。 

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