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2020/10/25

球場でも顔をのぞかせる“職業病”

「お客様のお尻に床ずれを作ってしまうのは介護士の恥」

 10年以上前に老人ホームで働き始めてから、そんなふうに叩き込まれてきた。お尻のトラブルはとても見逃せない重要事項だ。

 年寄りは早起き、と一般的に思われている。しかし、少なくとも老人ホームのお年寄りは違う。早朝からパッと目が覚める人は少数派。多くの人が朝食前の食堂で、椅子に座りながらこっくりこっくり舟を漕いでいる。たっぷり10時間は寝ているのに、まだ寝られるのかと感心してしまうほどだ。

 しかも、寝ているときの姿勢がまた悪い。体を横に大きく傾けたり、お尻が前にずり落ちそうになったり。姿勢の悪さのデメリットは多く、お尻への悪影響も大きい。特にお尻が前にずるっと滑っている姿勢は最悪だ。床ずれ発生リスクが急上昇してしまう。

 そんな職業的観点から見ると、メラドの新しい座席環境は抜群だ。内野席には、最初から厚いクッションがついている。厚さ8cm。こんなクッション、他の球場ではまず見かけない。それがすべての内野席に標準装備されているのだ。

厚いクッションがついている座席 ©浮間六太

「お尻のプロ」である筆者は、メラドの快適な座席に腰を落とすたび、恍惚と同時に嫉妬を感じてしまう。老人ホームで使われる椅子は、どの家庭の食卓でも見られるような普通の椅子だ。快適に座り続けることには向いてない。なので、特にお尻の弱い人には、クッションを使用してお尻の負担を減らしている。プロ野球観戦に来てもそんな“職業病”が顔をのぞかせる筆者は、「なんて羨ましい!」と思わされている。

 加えてメラドの座席は、座面が後ろに傾いているところもお尻に優しい。意識しなくても体重の一部が背もたれにかかり、お尻への負荷が軽くなる。仕事量の減ったクッションは、持てる能力を遺憾なく発揮できるのだ。

地味だが、大事な場所

 この椅子が老人ホームにあったなら、座るだけでお年寄りが安楽な姿勢になれる。そうすればお尻への負担も軽くなる。メラドで腰を落とすたび、そう感じている。

「プロの仕事は要領と道具」と、介護福祉士として教えられてきた。道具を大切にするのは野球選手も同じだ。誰もがバットやグローブに強いこだわりを持つ。そんな選手たちを見て楽しむ野球場に、「お尻のプロ」にとって最良の道具があるのだ。これが嫉妬せずにいられるだろうか。

 メラドにはこんなにいい席が1万6500席もある。50個ほどうちの施設に分けてほしいくらいだ。舟を漕ぐ人が増える、という新しい悩みは生まれるかもしれないが……。

 今年メラドにできたすべての新しい施設から、「来た人に喜んでほしい」という球団の気持ちが伝わってくる。自分はどの施設も大好きだ。

 でも、約180億円もかけた大改修の中で、やはり座席が一番素晴らしいと思う。観客が球場でもっとも長い時間過ごす場所。それは座席だ。地味だが、大事な場所の快適さを追求する姿勢が素晴らしい。それを一番安い内野席にまで行き渡らせる心配りがさらにうれしい。これぞ、「来た人に喜んでほしい」という精神の体現ではないだろうか。その球団の姿勢も含めて、この座席は最高傑作だと思う。

 この座席さえあれば、ファンはいつ球場に来ても「最高の座り心地」というサービスが保障される。縁の下ならぬ、尻の下の力持ち。それは、「お尻のプロ」も嫉妬する、極上の逸品なのである。

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