昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

選手が変わるか、選手を代えるか…8年ぶりのAクラスへ、中日・与田剛監督の決意

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/10/28

 選手が変わるか、選手を代えるか。前者はレギュラーのさらなる成長、後者はレギュラーの大胆な入れ替え。現在、7連続Bクラスの中日はAクラスで終われる位置にいる。来季、優勝に向けて勝負をかけるには今、何が必要なのか。客観的立場の解説者と現場のど真ん中にいる与田剛監督に聞いた。

与田剛監督

 9月下旬の夜、私は神宮球場のヤクルト・広島戦をテレビで見ていた。打席には山崎晃大朗。アナウンサーが「今年の山崎をどう見ていますか」と解説の井端弘和氏に尋ねた。ごく普通のやり取りだ。しかし、私は次の瞬間、耳を疑った。

「僕が山崎なら、早くシーズンが終わって欲しいですね」

 5年目の山崎は開幕直後にセンターに定着。9月中旬以降はスタメンを外れることもあったが、チームに不可欠な存在。稼げる時間はまだ残っているのに「早く終われ」とはどういうことか。後日、井端氏に尋ねた。

「僕は3年目に一軍の試合に出始めて、自分の足りない部分が鮮明になったんです。だから、早く朝から晩まで練習したかった。『もうシーズンはいい。オフになれ。時間をくれ』と。山崎も色々と気付いたはずです」

 若き日の井端氏の課題は何だったのか。

「まず、一流のスライダーへの対応。ドロンと曲がるのは打てる。でも、エース級は手元でグッと変化する。それをどうさばくか。あとは内角の真っ直ぐ。それが打てないと、一軍では無理。『内に投げておけば大丈夫』と思われた時点で負けなんです」

 猛練習の結果、翌年は140試合に出場し、規定打席に到達。ショートの定位置を奪った。

ひと冬越えて大化けする選手たち

「要はどんな気持ちでオフに入るかです。自分の課題を自分の意志で潰そうとするかどうか。意味も理解せず、やらされる練習は身になりません。ただ、試合に出ないことには課題すら分からない。だから、若手の起用は大事なんです」

 川上憲伸氏はひと冬越えての大化けについて投手目線で語った。

「若手は春季キャンプやオープン戦でアピールしますが、一軍未経験の選手は気持ちも体もマックスで挑むから、緊張しているし、徐々にバットも振れなくなってきて、開幕前はフラフラ。逆に僕たちはその頃に状態が上がるので、結局、打てない。でも、前の年にある程度一軍を経験している選手は自信もあるし、堂々としている。去年は『誰や、こいつ』と思っていた選手が『あ、雰囲気が出て来たな』となるんです。例えば、当時の多村(仁志)とか嶋(重宣)とか」

 さらに川上氏には忘れられない選手がいる。2012年10月。ナゴヤドームの中日・広島最終戦。中日はすでに2位でCS進出を決めており、広島は借金14でBクラスが確定。小笠原孝(現二軍投手コーチ)の引退試合でもあり、勝敗は関係なかった。

「僕が先発して、きっちり抑えて、明治大学の後輩に繋げようという演出でした。ところが、序盤によく分からない小さい選手にドカンとホームランを食らったんです。まさかですよ」

 6月にプロ初出場を果たしたその新人は次世代を担う選手と期待され、首脳陣が出場機会を増やしていた。

「菊池(涼介)です。次の年からすっかりレギュラーですよ」