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ヒットの理由1:物語に入り込むのを助ける、2つの仕掛け

 拳銃のひきがねを引くと的にめり込んでいた弾丸が銃口めがけて戻ってくる逆行弾の射撃シーンを用意し、通常の時間の流れ=順行とは違う逆行がどんなものかをひとまず見せる。この短くも鮮烈な場面で名もなき男と一緒に「え?」と驚くと同時に心を掴まれ、なんとなく「そういうことか」と受け入れ、そのまま物語に入り込めるのだ。

 そのうえ、未来からの移送物を研究する科学者が「頭で考えないで、感じて」と、名もなき男にとっては任務を遂行するうえで、観客にとっては鑑賞するうえでのアドバイスになる言葉までかけてくれる。

 また、名もなき男も観客も“なにも知らない”“なにもわからない”状態から物語がスタートするのもミソ。自決カプセルを飲んで死んだつもりが目を覚まし、起き抜けにとてつもないミッションを下され、次から次へと謎に向き合うことになる名もなき男と観客の感覚がこれによって同期し、物語を体感的に追うことができる。

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『TENET テネット』
9月18日(金)全国ロードショー
© 2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved

 そして、驚異的な時間逆行描写とアクションを繰り出して余計なことを考える暇を与えないようにするのだ。

ヒットの理由2:ノーランのこだわりが光る、アナログすぎる演出

 逆再生したような動きをする謎の武装逆行者を相手にした追撃戦、銃撃戦、肉弾戦。猛スピードでバックして追い上げてきたアウディと競り合うなか、前方からSAABが横転&クラッシュしながら迫るも瞬時に復元してそのままバック走行するという、逆行車と順行車による高速道路でのカーチェイス。

 セイターの私設軍隊、名もなき男がいる順行部隊、ニールのいる逆行部隊が入り乱れ、しかも上空には複数の大型輸送ヘリが飛んでいるという、核施設があった廃墟の街で繰り広げられる大合戦――。

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 ……と、ここでも自分で書いていてナンジャラホイだが、順行と逆行の人と物、再生と逆再生がひとつのフレームのなかで、殴って蹴り合い、ぶつかり合うアクションというのは、お目にかかったことがない。しかも、逆行側の人と物は逆再生されているわけではなく、俳優たちが後ろ向きに歩き、パンチを引っ込める動作をするなど、呆れるほどアナログな方法で“逆再生”を演じているのだ。

 これは「CGで作られた映像と実際に撮られた映像の違いを観客は気付いている」としてリアルにこだわるあまり、『ダークナイト』では老朽化した工場を総合病院に化粧し直して木っ端微塵に吹っ飛ばし、シカゴの街中で18輪の巨大トレーラーを前方倒立回転させ、『ダンケルク』(17)ではイギリス軍の戦闘機スピットファイアの実機を飛ばし、フランス軍の駆逐艦マイレ=ブレゼの実物を浮かべてきた、ノーランの揺るぎなきTENET(信条、主義)の現れだ。