昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/10/22

genre : ライフ, 読書, 社会

殺人に関しては一貫して否認している風間博子

 異常なほどの利益供与と引き換えに行った供述を、中岡は公判で「信用性は全くない。ゼロである」「内容は、検事が考えた作文調書である」と翻し、「私は、博子さんは無実だと信じております」と語った。

 風間博子が殺人を行っているという確実な証拠があれば、中岡の発言は嘲笑されて終わっただろうが、そのような証拠はない。さらに、中岡は浦和地裁と東京高裁で同様の発言を5回もしている。

 風間博子は死体損壊・遺棄を行ってしまったことは認めているが、殺人に関しては逮捕以来、一貫して否認している。その風間の証言の中身を見てみよう。

 1993年4月20日、中岡の運転するアウディに、自分のクレフで付いていったことを、風間は認めている。その前日に「中岡は俺の仕事でいろいろ動いてもらっているから、中岡に用を言われたら動いてくれ」と関根に言われていたこともあり、車の貸し借りのための移動だと思い込み従ったという。東京にいる中岡の元妻や恋人と、キーを共有して顔を合わせずに車の受け渡しができることを、風間は知っていた。

©iStock.com

  翌日の夕方、ペットショップに現れた関根から、風間は山上殺害の事実とともに、アウディが彼の車だと知らされ、「お前も山上の車を運んだのだから、殺人の共犯だ」と言われ、衝撃を受けた。

シリアルキラーが共犯者に配慮?

  7月21日、夕方、ペットショップに現れた関根から、「今夜、高城んちに行ってるから、10時頃迎えに来てくれ」と言われ、30分ほど遅れてクレフで高城宅に行き、殺害現場に居合わせることになった。遺体を載せたカリーナバンを運転し、ポッポハウスでは関根から呼びつけられ、解体しやすいように遺体をずらすのに手を貸してしまった。

 私は当初、この概略を知った時、果たして殺人を行う者が、共謀していない者を現場に呼び寄せるだろうか、と疑問に思った。

  一方で、中岡の供述も実に奇妙なものだ。関根は、小心者の中岡に死体になった山上を見せて脅して仲間に引き入れたというのに、重罪になる殺人も、根気の要る遺体の解体もさせなかったというのだ。中岡が出かけている間に山上は死んでおり、高城、小宮山殺害の際は、家の外のカリーナバンで待っていたという。これが事実なら、中岡が殺害の共謀にもならないように、関根が配慮してくれたということになる。