「性感染症」という言葉を耳にすると、若者の姿を連想する方も少なくないだろう。しかし、性感染症はもちろん若者だけに起こる病気ではない。現に日本では高齢者の性感染症患者数が増加しているのだ。果たして高齢者の“性”の現場ではいったい何が起こっているのだろう。
ここでは、自身でクリニックを運営するだけでなく、日本性感染症学会の功労会員を務め、厚生労働省のHIV研究にも携わるなど性感染症におけるさまざまな活動を行う尾上泰彦氏による書籍『性感染症 プライベートゾーンの怖い医学』より、高齢者を取り巻くさまざまな性の問題を引用し、紹介する。
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増えていく高齢者の性感染症
「閉経して生理がなくなれば妊娠しないのでしょ? なら、コンドームなしでセックスを楽しめるからある意味羨ましい」
男女問わずときどきこんな話をする人がいます。
しかし、これは大変な誤解です。確かに閉経した女性はコンドームがなくても妊娠はしません。しかし、コンドームには避妊だけでなく性感染症から身を守るという働きがあることを忘れてはいけません。年を取ると、いや年を取ったからこそ性感染症から身を守るためにコンドームは重要なのです。
とても大切な話なので少し詳しくお話しします。
高齢になると感染症にかかりやすくなることはみなさんご存じだと思います。それは若い人に比べて免疫機能が低下するからです。免疫機能は、60歳を超えると20代の半分以下になると言われています。クリニックや介護施設などで、高齢者がインフルエンザやノロウイルスなどの感染症の集団感染を起こすのはこのためです。
そもそも免疫とはどういうことを意味するのでしょうか? 免疫とはウイルスや細菌など、体内に侵入してきた異物を自分以外の敵だと認識して攻撃し、自分の体を正常に保つことを言います。
免疫にはたくさんの細胞が関わっていますが、その中心になるのは白血球です。血液の中の3%を占め、体内を30秒ほどで一回りし、その間に異物を発見するとその数を増し、異物を取り込むなどして無害化していきます。
白血球に好酸球、好塩基球、好中球と呼ばれる顆粒球とT細胞、B細胞などからなるリンパ球、それに細胞の中に入るとマクロファージ(貪食細胞)に変化する単球からできています。
たとえば、ウイルスなどに感染した細胞を見つけて排除する役割を持つT細胞ですが、加齢によって、白血球の産生量が減れば、その活動も衰えます。さらにT細胞の成長を助ける脾臓やリンパ節の機能も低下するため、T細胞の病原体への反応が弱くなります。
このように、免疫機能を持つ細胞の産生が減り、免疫細胞の機能を助ける臓器が衰えると、体全体の免疫機能は低下していきます。その結果、高齢になるとさまざまな病原体の影響をもろに受け、病気にかかりやすくなるのです。
高齢になると性感染症にかかるリスクも高まる
免疫の機能が落ちるということは当然、性感染症にもかかりやすくなりますし、治療しても治りづらくなります。
実際、年々、高齢者の性感染症の数は増加しています。厚労省が発表している「年齢(5歳階級)別にみた性感染症(STD) 報告数の年次推移」で、60歳以上の患者数を平成12(2000)年と平成30(2018)年とで比較すると、よくわかります。