今も公然と売春が行われ“売春島”と呼ばれている三重県の離島・渡鹿野島――。「ヤバい島」として長くタブー視されてきたこの島の実態に迫ったノンフィクションライター、高木瑞穂氏の著書『売春島 「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』(彩図社)が、単行本、文庫版合わせて9万部を超えるベストセラーになっている。
現地を徹底取材し、夜ごと体を売る女性たち、裏で糸を引く暴力団関係者、往時のにぎわいを知る島民ら、数多の当事者を訪ね歩き、謎に満ちた「現代の桃源郷」の姿を浮かび上がらせたノンフィクションから、一部を抜粋して転載する。
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“売春島”に降り立ってみると…
だだっ広い室内の片隅で一人、老婆がコーヒーを飲んでいた。僕と佐津間(仮名)さんと老婆の他に客はいない。しずまりかえった空気のなか、カウンターに立つ店主の女性だけが手を動かしていた。
窓から見える船着き場にも、賑わうはずのメインストリートにも人影はない。荒涼とした景色のなか、廃業した不釣り合いなほど大きなホテルやスナックが無言で居座るだけだ。その様子から、この島が時代から取り残されているのは明白だった。
2017年1月のことである。僕は三重県志摩市渡鹿野島の、とある飲食店にいた。
“売春島”の取材を続けていたのだ。
「あのねぇ、夕方のメイン通りには、ポン引きから娼婦から客からもう、まっすぐ歩けんほどいっぱいおりましたわ。置屋も、今もやっとることはやっとるけどもう、見る影もありませんわ」
同行してもらった佐津間さんが、変わり果てた島の姿に呆然とするかのごとく口にした。
それは、ひとたび島を歩いて回れば嫌でも実感できることだった。解体途中のプールが放置されたまま廃墟となった大型ホテル。点在する、荒れ放題となったアパートの数々。ときおり住民ともすれ違ったが、乳母車を支えにして歩く高齢者ばかり。それほど人も、そして建物も元気がない。
いまはヤクザ組織に身を置いている佐津間さんは、稼業の道に入る約30年前、約2年に亘りこの島の内装職人として住み込みで働いていた。島の関係者にあたるため、知人のヤクザ幹部から紹介されたのが、“売春島”の対岸に位置する地元、鵜方地区で暮らす、この佐津間さんだった。