「ヤバい島」として長くタブー視されてきた三重県の離島・渡鹿野島。今も公然と売春が行われ“売春島”と呼ばれているこの島の実態に迫ったノンフィクションライター、高木瑞穂氏の著書『売春島 「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』(彩図社)が、単行本、文庫版合わせて9万部を超えるベストセラーになっている。

 現地を徹底取材し、夜ごと体を売る女性たち、裏で糸を引く暴力団関係者、往時のにぎわいを知る島民ら、数多の当事者を訪ね歩き、謎に満ちた「現代の桃源郷」の姿を浮かび上がらせたノンフィクションから、一部を抜粋して転載する。

「売春島」と呼ばれた渡鹿野島(著者提供)

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“売春島”から泳いで逃げた少女

「『渡鹿野島から泳いで逃げて来ました』という女性から会社に電話があった。『これは凄いネタだ!』と思って、その日のうちに女性の元へと飛んだんだ」

 渡鹿野島とは、三重県志摩市にある小さな有人離島のこと。通称“売春島”から命からがら泳いで逃げて来たという少女にテレビ関係者の知人、青木雅彦(仮名)氏が東海地方の某所に会いに行ったのは、2000年2月のことだった。

“売春島”中心部の夜の様子(著者提供)

 

「会うまでは半信半疑だったけど、聞けば実際に“売春島”で働いたことがないと分からないような話だった。第一印象? 容姿は良かったよ。このコが売春していたら『人気が出るだろう』ってレベルの。でもフツーというよりは、少しヤンキーというか風俗に染まってる感じのコ。彼女は一人でやって来た。最寄り駅で待ち合わせ、雪道を歩いて近場の居酒屋に入ったのを、今でも鮮明に覚えている」

 青木氏が取材した当時、週刊誌の記者やライターによる売春島の体験ルポは流布していたが、こと内部の人間による告白記事は皆無に等しかった。後に少女は雑誌やテレビなど複数の媒体で取材を受けている。単なる謝礼目的じゃない。その特異な体験談を「誰かに聞いてもらいたい」という欲求からだろうと青木氏は懐古する。

コンパニオンを指名するのが“売春島”の宴会システムだったという(2005年、著者提供)

 かくいう僕も当時、ある雑誌に掲載されたその特異な体験談に衝撃を受けた一人だった。“泳いで逃げた”という告白は、後にも先にも彼女だけだろう。

 この手の告白は通常、「匿名で」と素性を隠したがるところ、メグミは珍しく「本名で載せてほしい」と懇願したという。果たして海を泳いで逃げるなんてことが可能なのか。そんな誰もが抱く疑念を払拭しようと、メグミが実名に拘ったのは、それほど真実だと訴えたかったということだろう。