現在人類に対し猛威を振るっている新型コロナウイルス同様に、「性感染症」も「感染症」の一種。症状に対しての“的確な対処”が必要である。しかし、進化を続ける性感染症には、症状がないまま体の中に潜み続け、気づかぬうちにほかの人へ伝染させてしまうものも珍しくない。自分自身、そして身の回りの人を守るためにも性感染症についての正しい知識が必要だといえるだろう。
ここでは、感染症医として多様なフィールドで活躍する尾上泰彦氏による書籍『性感染症 プライベートゾーンの怖い医学』より、人類から最も恐れられる性感染症の一つHIVウイルスの最新情報を紹介する。
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日本に忍び寄るHIV、エイズの男女間感染
先進国で日本だけがエイズ患者が増えているのにもかかわらず、エイズの怖さをご存じない日本人が多いことに、性感染症治療の専門医として大変な危機感をもっています。
フランスのパスツール研究所で初めてエイズ(後天性免疫不全症候群)が発見・報告されたのが1983年のことです。その後米国でも確認され世界でその存在が知られるようになってから二十数年が経過しています。
2018年までに、世界で約3790万人がHIV、エイズに感染し、いまも毎年77万人が亡くなり170万人の新規感染者が見つかっています。日本でもこの間3万人が感染し、多くの人が亡くなりました。
エイズは、原因となるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染してから自覚症状のない時期が数年から10年以上続き、治療しないままに放置して病状がさらに進行すると発症します。
そのことから、1985年から毎年発表されている「国内のエイズ発生動向」(厚労省)の新規患者数は、エイズ発症前の「HIV感染者」と、すでに発症している「エイズ患者」に分けて報告しています。
毎日1人は検査と同時にエイズを告げられている
2017年に報告された新規HIV感染者は976人、新規エイズ患者は413人の合計1389人。1日当たり約4人が新たに見つかっている計算で、 毎日1人は検査と同時に「いきなりエイズ」発症を告げられていることになります。つまり、10年以上も前にHIVに感染していて、気づかず生活している人がいかに多いか、ということです。
これは2017年に限ったことではありません。HIVとエイズを合わせた新規報告数は2006年以降、年間1500件前後で横ばいですが、うちエイズ感染者の割合は30%前後の高止まり傾向が続いているのです。ちなみに、2020(令和2)年9月15日発表の「エイズ動向委員会」によると、2020(令和2)年の新規HIVの報告は20~40代に多いのに対して、新規エイズの報告は30代から50代が多く、新規HIV感染は10代から70代までの幅広い年齢層に報告があります。最近セックスとは無縁だからという中高年であっても、若い頃は大いに遊んだという人は、男女を問わず一度は検査を受けるべきなのです。
中には、「HIV、エイズは男性の同性愛者の病気でしょ?」と思い込んでいる人がいますが、必ずしもそうとは言えません。
HIVは、HIV感染者の血液や精液、腟分泌物に含まれており、感染経路の約9割は性的接触によるものだと言われ、日本では最もリスクが高いのは、男性同性愛者(MSM)間の性交といわれています。実際、2017年の新規報告で見ても、全体の94.5%(1313人)を男性が占め、HIV感染者の72.6%(709人)、エイズ患者の54.7%(226人)が同性間性的接触によるものとされています。