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なぜ日本は自発的に「貧困化」へと向かうのか? 内田樹が語る“日本再建のビジョン”

なぜ日本は自発的に「貧困化」へと向かうのか? 内田樹が語る“日本再建のビジョン”

「コモンの再生」が日本を救う その1

2020/11/08

source : ライフスタイル出版

genre : ニュース, 社会, 政治, 経済

note

国民を無権利な状態に叩き落せば、監視する必要がない

――貧困化で統治コストが最少になるというのは、ドキリとする指摘です。

内田 安倍政権の7年8ヶ月の成功体験だと思います。安倍政権は反対する国民については、これを「敵」と認定して、その意向をすべて無視しました。逆に、自分の身内や味方には公権力を使って便宜を図り、公金を使って厚遇してきた。ふつうはそんなことすれば国民が怒り出すはずですけれども、そうならなかった。あまりに当然のようにはげしい身びいきをしたせいで、国民はすっかり無力感に蝕まれてしまった。権力のある人は何をしても処罰されないのだ、権力者は法律より上位にあるのだと国民は信じ始めた。そのような圧倒的権力者に逆らっても仕方がない、大人しく服従しようということになった。

 その時の成功体験を踏まえて、菅政権もそれと同じことをしようとした。反対者を潰し、社会福祉制度は骨抜きにして、中産階級の無権利化をさらに進めるつもりでいると思います。

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 お隣の中国は、監視カメラによる顔認証システムやSNSでの発言チェックやカード利用歴のビッグデータを利用した全国民監視システムを作り上げました。国民監視のために膨大な国家予算を投じている。治安対策費が国防予算を超えたと聞いています。それだけの統治コストをかけるのは、国民が中産階級化してきたからです。豊かになると市民の権利意識が高まり、政治的な動きが始まる。そのことを中国政府は恐れているのです。

 

――2億台を超える監視カメラによる顔認証システム「天網」が中国全土に導入されていますね。

内田 ところが日本ではそんなことのために予算を使う必要がない。中国とは逆に、国民が貧しくなるにつれて、権利意識が希薄になり、政治参加意欲が減殺されているからです。うっかり反政府的なことを口走ると、すぐにお節介な奴らが「こいつ反日ですよ」とご注進に及んでくれて、公的な場から叩き出し、公的支援を止めるように陳情してくれる。だから、政府には国民監視の実務をする必要がない。官邸で寝転んでテレビを見て、「問題発言」をする人間をブラックリストに書き足すくらいの仕事で済む。マイナンバーとかほんとは要らなかったんです。別に大金をかけて国民監視システムを作るより、国民を貧乏で無権利な状態に叩き落せば、監視する必要がないほど弱体化するんですから。今や統治コストの安さにおいて、日本は東アジアでは群を抜いていると思います。

 自民党の西田昌司議員が「そもそも国民に主権があることがおかしい」と発言する画像がネットでは繰り返し流されていましたけれど、あれはまさしく自民党の本音だと思います。うっかり国民の意見を聞くと、国民の側に権利意識が芽生える。次々と要求してくる。1度でもそれを聞いてしまうと、病みつきになって、どんどん要求が増えてくる。だから、初めから「お前たちの要求は何も聞かない。お上が施してくれるものを口を開けて待ってろ」と、ピシッと言って聞かせた方がいい。そう考えている。