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久保康友、今だから話せるベイスターズ「球団からクビと言われて握手した理由」

文春野球コラム クライマックスシリーズ2020

2020/11/14

「なぜFAでベイスターズに来たのかって、みんな聞くんですよね。それ一番質問される」

 久保康友。ロッテに入団し、トレードで阪神へ。そして2014年、FAでDeNAベイスターズにやってきた。在籍期間は4年、71試合の登板で29勝23敗。しかし数字以上のインパクトを、当時のベイスターズとベイスターズファンに与えた男。ベイスターズ退団後、アメリカ、メキシコを渡り歩き、今現在「何もしていない」という久保。松坂世代「最後の大物」であり、プロ野球界「最大の異端」は、どんな思いを持ってベイスターズにやってきたのだろうか。

久保康友 ©文藝春秋

当時のベイスターズに興味を惹かれたワケ

――中畑監督から「エースになってくれ」と誘われたのが決め手だったと言われていますが、ベイスターズはあまり「来たくない球団」だったのではないかと。

久保 「来たくない球団」というのはどういう?

――ハマスタが狭いので。

久保 あぁピッチャー目線ですか。確かにピッチャーは嫌がりますね。東京ドームと横浜スタジアムは野手が喜ぶ球場ですね。でもそれプロ野球記録とか、そういう「数字」を目指している人の考えですよ。

――久保さんは違ったのですか?

久保 僕には防御率とか勝率とか弱いチームとか強いチームとか、そういう概念がそもそもないので。

――では何が決め手だったんですか?

久保 僕の中では基本的に面白いか面白くないかだけの話です。今だから言えることですけど、同じチームにおれる年数って、2年ぐらいで。2年経てばその球団が目指す方向性や選手の性格も大体把握できてしまう。それがわかれば僕としてはもうOK、人生の中での「1つ」を知ったことになる。そうなると別のことを知りたくなるんです。

――飽きてしまうということですか?

久保 そうなんですよね。未知なるものに対面して、それを解明していくことに面白さを感じる一方で、知らないものを知ってしまった時に興味は薄れていく。

――知らないところに行く怖さや不安は?

久保 それも数をこなすとそこにも免疫ができますね。怖いとかしんどいとか思うのは、要は知らないからです。たとえば幼稚園から小学校に上がる時って環境がガラッと変わるじゃないですか。でも知らんお兄ちゃんお姉ちゃんとこれから一緒になるのかという不安が、意外と入ってみたらワクワクして楽しかったりとか。それみんな体験してるんです。意外と人間なんでも順応できる。そもそも順応できないと死んでしまうんですよ、人って。

――たしかに。

久保 今僕が生きているというのは、要は耐え抜いてこれた証。新しいところに身を置いた方が、その後の人生めちゃくちゃ面白くなるってことも、経験で知っている。

――では当時のベイスターズに興味を惹かれた、ということですね。

久保 そうですね。球団が新しくなってすぐだったんですよ。野球というよりも、ビジネスのやり手の方が来たじゃないですか。ビジネスを中心とした野球のやり方ってどうなのかなと思って、すごい興味を持ちました。

――なるほど。確かにDeNAになって、商売のやり方はだいぶ変わったと思います。

久保 そうなんです。あれが真っ当だと僕は思います。選手は商品として安くいいものを買い、それに見合わなければ、また新しいものを補充する。

――それは久保さんが経験された、アメリカやメキシコの野球もそうですか。

久保 いやあっちはもっとわかりやすい。日本はまだ表面的にはそうではないと球団はつくろう。世間を敵にまわしたくないですから(笑)。

――なるほど。

久保 でもプロですから。よくあの球団はベテラン組に厳しいとか、そういうこと言われますけど、僕からしたらそれ、いるかいらないかじゃないですか。要は自分の給料に合うパフォーマンスが出せるか出せないか。もしくは今後それが見込めるかどうかだけの話なので。

――ファンはどうしても、情緒で選手や球団を見ますね。

久保 ただプロは違うでしょう。選手がそういう風潮を利用するのには、違和感がありますね。僕個人的には、世間を敵に回しても、球団はどこかでパッとやってくれたらいいと思うんですよね。でもやっぱり気にする、世間を。だからべったりしてしまう。

――その構図には、ファンも加担してしまっているかもしれない。

久保 ベイスターズに来た時、一番初めにお客さんに言ったんですよ。選手に対しては厳しい野次飛ばしてくださいと。今はコロナで野次はダメですけどね。そうしないと選手は伸びない、これでいいと思ってしまうからって。ベイスターズだったらこれぐらいでええかと、要はそんなプレーを許してしまうとチームとしては強くならないから、選手もコーチもファンもひとつひとつのプレーに目を光らせて欲しいと。厳しい世界だからこそ、僕はすごく価値があると思ってるのに、その価値をプロ野球選手自体が落としていると思ったら結構ショックですよね。

――私がそうですが、ファンが選手を「自分サイズ」におろして考えるから「そんなこと言ったらかわいそう」という発想が生まれるんだと思います。それはかえって失礼なことかもしれない。

久保 あくまでもこれは僕個人の考えですが、それは球界の価値を選手・球団・ファンみんなで落としているようにしか思えない。そして中に残ってる人ほどそういう思考が強い。プロ野球に入るって、そもそも弱肉強食の世界に入るから面白くて価値があるのに、なんで自分がそんななまぬるい、アマチュア的な考えにそまるのか。なんでこの面白い世界を面白くないものにしてしまうのか、理解ができなかった。僕がプロ野球にこだわらないというのはそこですし、数字もそう。

ベイスターズ時代、三嶋や山口俊にしたアドバイス

――久保さんが野球をやりながら一番大事にしていたことって何だったんですか。

久保 技術的に高い選手を攻略することですね。自分より能力の高い選手の弱点を見つけてやっつける。誰かが作った名誉には僕は一切興味がなかった。

――久保さんにとってベイスターズはその興味が満たされる場所でしたか?

久保 新しいと思いました。当時はまだ失敗も多かったです。新ユニフォームの発表をするという段になって、ユニフォームが届かないとか。サイン会も慣れてないから、選手を出しっぱなしにしてしまったり。選手に対してどこまで介入していいか分からないから、試合に向けて集中に入っている選手を引っ張り出してきてサイン書かせたりね。球団経営のために加担させるのはいいと思うんですけど。本職の足を引っ張ったらダメですよね。

――久保さんはそれに対して何か言われたんですか?

久保 結構言いましたよ。「これ今日勝たんでもいいの?」って。今はたぶんちゃんとしてると思うんですけど、当時はまだお互い手探りだった。ただ一選手に対して球団経営はこうしていくとか、そういう話をするのはすごいと思いました。そんな球団は初めてだったので。

――面白かったですか?

久保 経営的な側面を勉強できる、すごく面白いという部分と、1年契約の選手に対してなにやってんねんという部分が、両方ありました。社会人としてはすごくいい。だけど結果を求められるプロ野球選手としては、そこ(経営)へのコミットはマイナスにはなってますよね。それがいいか悪いかはいまだにわからないです、正直。