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2020/11/25

「政治学の本筋をずっとやってきたんだ」

 独自の政局勘をどこで培ったか、と尋ねた時、ひときわ語気を強めて、こう言い放った。

「私は、大学を出た翌日から国会議員の秘書ですよ。11年間代議士の秘書をやって県議を8年やって、国政へチャレンジしてきた。その政治訓練の実績です。これは聞かれたから初めて言うが、そんなこと自分で誇るべきことでもなんでもない。でも、同じようなコースを歩んできた人を“秘書上がり”だとか、“たたき上げ”とか生意気なことを言うやつがいる。お前は何アゲだ。唐揚げとは言わんが、何で俺だけ“たたき上げ”なんだ。俺は、政治学の本筋をずっとやってきたんだ」

菅義偉氏 ©文藝春秋

 こうしたことをふいに語ったのも、「国土の均衡ある発展」という死語として語られた政治の原点のことを質問したからだ。

二項対立ではつかめない政治家

 なぜそう問うたか。8月末の安倍晋三首相の退陣表明から2日で後継をめぐる政局を片付けた二階俊博という人物を描きたいと考えた私は、慌てて資料を集め、知人、地元有権者、仕えた官僚など次々と人に会って話を聞いた。

 取材を重ねても、なかなかその全体像をつかむことが難しく、そのために取材メモだけが山積みになった。

 調整型の政治家だが、05年の郵政選挙では当時の小泉純一郎首相の下、総務局長として切り回した二階は、反対し離党した者に刺客を送った。国幹会議での咆哮はその2年後。改革か反改革か――そうした二項対立で整理しようとすると、つかめない。どうしても聞きたかったのが「国土の均衡ある発展」というキイワードだった。

出典:「文藝春秋」11月号

 最後に本人にインタビューをした上で、「二階俊博『最後のキングメーカー』の研究」として「文藝春秋」11月号に寄稿した(全文は「文藝春秋digital」にも掲載中)。取材した材料の9割は捨てざるをえなかったが、その資料を見直すうちにまた疑問が湧いてくる。それが二階俊博の面妖な特質とも言える。(文中敬称略)

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