「痛い思いをさせれば、いなくなると思った」
無抵抗な路上生活者に暴行を加えた理由は、あまりにも理不尽で身勝手なものだった。
11月16日、東京都渋谷区で、住所不定の大林三佐子さん(64)が頭を殴られて死亡。5日後に近くに住む吉田和人容疑者(46)が傷害致死容疑で警視庁に逮捕された。
凶行の現場となった渋谷区幡ヶ谷の「幡ケ谷原町バス停」は京王新線の幡ケ谷、笹塚の両駅から数百メートル離れたほぼ中間地点にあり、周囲にはマンションやオフィスビルなどが建ち並ぶ。夜明け前で人影もまばらな16日午前5時ごろ、「いつもいる人が倒れている」と近隣住民から警視庁代々木警察署に通報が入った。救急隊員らが駆けつけた時には、女性に意識はなく、病院に運ばれたものの死亡が確認された。
亡くなったのは路上生活者の大林さん。目立った出血や外傷はなかったが、後頭部にこぶがあった。死因は頭に強い衝撃を受けたことによる外傷性くも膜下出血だった。警視庁捜査1課が主導し、近くの防犯カメラを確認すると、通報の約1時間前の午前4時ごろ、バス停のベンチに腰掛けている大林さんに近づく不審な男が映っていた。
「中年ぐらいの男が、持っていた白いレジ袋をいきなり大林さんの頭に1回振り下ろし、そのまま来た道を引き返した。大林さんは殴られた後、ベンチからずり落ちて仰向けに倒れた。袋の中には硬い物が入っていたのだろう。その直前にも数回にわたって大林さんの前を男が通り過ぎる様子が映っていて、事前に大林さんに狙いを定めて襲う機会をうかがっていたように見えた」(捜査関係者)
チェック柄のシャツの上に黒いジャンパーを羽織り、キャップをかぶったマスク姿の男が現場周辺を歩くカメラの映像は、テレビのニュースで連日報じられた。捜査1課が足取りを追うと、現場から800メートル離れたマンションに住む男が浮上。21日からの3連休明けを逮捕の「Xデー」としていたが、連休初日の未明に男は母親に連れられて近くの交番に出頭してきた。逃げられないと観念したのか、あるいは、母親に説得されたのか。当時、交番には警察官が不在だったため、母親は代々木警察署に電話し、こう告げた。
「あの事件は息子が起こしました。息子は『あんな大事になるとは思わなかった。お母さんごめんなさい』と言っています」