「文藝春秋」12月号の特選記事を公開します。(初公開:2020年11月24日)
菅首相は、10月26日の「所信表明演説」で、「最低賃金の全国的な引上げに取り組みます」と高らかに宣言した。この「賃上げ」をもう一つの持論である「中小企業改革」によって実現させようとしているようだが、果たしてこの政策はうまくいくのだろうか。
〈「賃金上昇」の重要性に着目したこと自体は全くもって正しい。過去20年以上にわたって日本経済が抱えてきた最大の問題が、「賃金の下落」にあることは間違いないからだ〉
こう評価するのは、評論家の中野剛志氏だ。だが、その上で、こう指摘する。
「アベノミクス」の下で実質賃金は急落した
〈日本の「実質賃金」は1998年以降、減少傾向にある。それだけではない。安倍前政権によるいわゆる「アベノミクス」の下では、実質賃金はさらに急落し、低迷した。もっとも、安倍前政権もまた、「賃金上昇」を目指してきたはずだ。ところが、実質賃金は民主党政権時を下回る水準まで下落し、低迷したのである〉
〈「どうして過去20年以上にわたって、賃金が下落してきたのか」、とりわけ「なぜアベノミクスは賃金の急落を招いたのか」を反省し、過去20年間の政策から大転換を図らねばならない〉
その際、中野氏がとくに重視するのは、「賃金主導型の成長戦略」と「利潤主導型の成長戦略」という二つの「成長戦略」の区別だ。
〈「賃金主導型成長戦略」とは、「賃金上昇」を経済成長の推進力とする戦略である。賃金が上昇するのは、人手不足の時である。例えば、高度成長期の日本は、慢性的な人手不足であった。少子高齢化も人手不足を招く。(略)労働組合の力が強く、企業が労働組合の賃上げ要求に応じざるを得ないような状況にあることも、賃金上昇の重要な要因となる。(略)実際、戦後から1970年代までの日本経済は、このような「賃金主導型成長戦略」により、比較的高い成長率を実現していたのである〉