誰も救命処置をしていなかった
――賢人君が亡くなったときのことを教えてください。
甲斐 いつもは16時に迎えに行きますが、その日は実家に連れていく予定があって、会社を午前中にあがりました。ただ、いつも「よく昼寝している」という話を聞いていましたので、昼寝が終わる午後2時に迎えに行ったのです。そのとき、どの保育士も救命処置をせず、賢人を抱っこしていただけでした。死後、放置されていたようです。
私が抱き上げたときには、賢人はすでに死後硬直が始まり、手足が冷たくなっていました。でも、自分の子ですし、救命処置をしなければ、命を諦めることになります。テレビで「4時間水中にいて心肺停止状態だったものの、救命処置をして子どもが助かった」という内容の番組を見たことを思い出しました。そのため、私が処置を施したのです。
どうしてこんなにスタッフがいて、誰一人、対応していなかったのでしょうか。この保育園の保育士たちは誰も救命処置の研修を受けていなかったということです。園長でさえ受けていませんでした。会社としても、数年に一度しか研修をしなかったということです。
会社が終わってからすぐに迎えに行けばよかったと、そればかり思っています。
――賢人君が昼寝をしたのは11時45分。発見する午後2時ごろまで保育士はどうしていたのでしょうか。
甲斐 午後2時ちょっと前に「まだ起きてこないな」と、保育士が様子を見に行った時に発見されました。誰もいない部屋に子どもを寝かせているのは恒常的だったようです。以前から、新しい子が入るとそうしていたようです。この場所は死角になっており、見学の際には見えません。
事故当日、月に1~2回勤務の臨時職員さんに寝かしつけを頼んでいたようです。寝かしつけが終わったら、頼まれていた他の仕事をしていたようです。そのため、眠っている賢人を誰も見てないのです。他の日であれば、うつぶせ寝にしてないということですが。
この時間帯、園長は事務室にいました。4年目となる保育士も事務室。2人の1年目の保育士は午睡室にいました。普通ならこの2人がチェックしないといけないのですが、実際にはしていません。賢人は誰もいない部屋に寝かされて、用事があるたびに通りすがりに目視するだけで、呼吸の確認もしていません。それを園側は「見ている」と説明しています。
――東京都は保育園の事故検証をするようになりました。そして賢人君の死亡事故に関しても報告書が出ました。どのように評価しますか?
甲斐 うーん。正直、納得はしていません。当初は、運営会社の「アルファコーポレーション」や、保育園の名前「キッズスクエア」が書いてありましたが、最終版では名前が消えています。内容も当たり障りがないものになっています。
一方で、「どうせ、ちゃんと検証はしないだろう」と期待はしていませんでしたが、「ここまでしてくれた」というのはあります。報告書の説明があったとき、検証会議の委員長が「お悔やみ申し上げます、という言葉も軽々しくて述べられません」と言ってくださったことが、心に響きました。
東京都の担当者は「これが1件目」「これからも検証していきます」と言っていました。それはそうなのですが、この報告書を出し、もう二度と事故を起こさないつもりでいてほしい。この一冊ですべて終わりにしてほしいです。都の事故検証は初めての試みではありますが、「次からは」という行政の軽い感じは、正直がっかりです。
――今はどう過ごしていますか?
甲斐 賢人のことは毎日思っています。一緒に行ったスーパーに行きます。何をするというわけではないし、そんなことをしても仕方がないのですが、賢人と一緒にしていたルーティンをしています。「ここは賢人と歩いた」「ここで賢人は何をした」と思い出し、賢人がいないことが、いまだに信じられません。