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「君のドルチェ&ガッバーナ」瑛人『香水』爆発的ヒット最大の理由はサビの歌詞が刺激する“聴覚と嗅覚”

いしわたり淳治『言葉にできない想いは本当にあるのか』

source : 文藝春秋 digital

genre : エンタメ, 音楽

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聴覚と嗅覚を刺激するワードを使った『香水』

 前置きが長くなったけれど、昨年春にリリースされ、今年に入ってTikTokをきっかけに爆発的ヒットを記録しているシンガー・ソングライター、瑛人さんの『香水』。

 Bメロの自虐的でせつない歌詞もいいが、やはりこの歌の一番のポイントは、サビの「君のドルチェ&ガッバーナのその香水のせいだよ」の部分だと思う。誰もが知っているけれどなかなか口に出すことのない「ドルチェ&ガッバーナ」という聴覚を刺激するワードと、「香水」という嗅覚を刺激するワード。別れた彼女を思い出す歌は世界中にたくさんあるけれど、視覚ではない二つのワードの組み合わせが、この曲を特別なものに変えているような気がする。

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 音楽を聞いていると、よく「言葉にできない思い」というようなフレーズを耳にする。自分でも過去にそんな言葉を何度か書いたりもしたことがあるけれど、その表現にこの頃、ちょっとした違和感を覚えるようになってきた。

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 というのも、「言葉にできない思い」があるとわざわざ言っているということは、その人は日頃自分の感情をすべて言葉に出来ているということになる。しかし、どうだろう。私たちは本当にそんな大そうなことを日々やってのけているのだろうか。

「愛している」では伝わらないから、言い換えをする

 自分の感情を他人に伝えるために、人類が発明した非常に便利な道具が「言葉」である。言葉という道具はあまりにも便利すぎて、ともすれば忘れてしまいそうになるけれど、私たちが言葉を使って表現しているのはいつだって「感情の近似値」にすぎない。その意味で、言葉は常に大なり小なり誤差を孕んでいるものではないかと思うのである。

 例えば、恋人に「愛している」と伝える時、ただ単に「愛している」と口から発しただけで、愛情がすべて伝わるかというと、残念ながらそうではない。「愛している」の一言だけで、相手のことをどんな風に、どのくらい愛しているかを表現するのはハリウッドの名優でも難しいだろう。だから私たちは、「君の笑顔だけが僕の幸せだ」とか、「出会った時から寝ても覚めても君のことばかり考えている」とか、「世界中を敵に回しても僕は君の味方だ」などと、「愛している」の言い換えをするのである。