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伝統芸能である前に大衆演芸

 我々は、たとえば「太閤記」をひとつとして数えるけど、1回の高座で30分喋って、360席になるくらいの分量なんです。1回の高座として数えるとその数は莫大。誰も数えたことないの(笑)。勉強する場も高座も少ないから、若い連中はネタも増やさない。「古くてつまらない話だけど、いかに面白くできるかやってみよう」っていう気がないんだ。

 講談は、伝統芸能である前に大衆演芸なんです。時代は変わっても人間の本質的なものは変わらない。大衆に受け入れられなきゃいけないですから、その時代に合わせて考えりゃいい。でも、伝統として守るものは守り、その上で新しいものを作る。私も昔、「型破り」と言われたけれど、型をマスターしたからこそ破れるんです。

 私らの芸って、陶芸や絵と違い、完成されたものなんてないんでね。人間国宝――重要無形文化財保持者ってのは、「お前が持ってる、先達から受け継いだものを次の世代に伝えなさい」ってことなら気が楽だよね。私なんかで本当にいいのかと思ったけれど、「あの貞水がもらえたんだから、講談も捨てたもんじゃない、今度は俺だ」って若手が思うだろうしねぇ(笑)。

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「偉大なる未完成」で旅立った

 2019年には神田松鯉が講談界2人目となる人間国宝に。若き講談師、神田伯山も現在、八面六臂の活躍を見せている。

 前出の神和住氏は、貞水亡き後もその遺志を引き継いで「貞水企画室」の名を残し、生前の貞水肝いりの「伝承の会」を継続するという。

一龍斎貞水さんの遺影(筆者撮影)

「大阪には3つの講談協会が、東京でも、貞水を会長とする講談協会とは別に、神田派の日本講談協会があります。東西の5つの協会で、その所属に関係なく若手の講談師が一同に介して高座に上がるのが『伝承の会』です。これは文化財保存事業の助成を受け、文化庁側も『今の講談界をまとめられるのは貞水先生しかいない』とおっしゃってくださっていたものなんです。貞水先生は『芸のケンカは同じ土俵でやるべし!』などと笑っていましたが。

 そう、先生の座右の銘は『偉大なる未完成で終わりたい』でした。晩年は患いながらも、最期まで『あれもやりたい、これはこうしたい』と、それこそ偉大なる未完成のまま、旅立ったと思えるんです」

 かつて老大家たちにすべてを託された16歳の青年は、講談界初の人間国宝・一龍斎貞水師となり、「後世に遺すべく、65年間、講談のためによくやってくれた」と、今、天上でその肩を抱かれ、口々に労われているに違いない。

 その戒名は、「講龍院清卓貞水居士」。何ひとつ気負うことなく、自然体で生き抜いたひとりの講談師そのままだった。