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「時代小説は、実は苦手でした」…新直木賞作家・西條奈加が人情時代小説の名手になるまで

直木賞受賞・西條奈加インタビュー#1

2021/01/22
note

 あの作品もやっぱり商店街のような場所に、ある意味しょうもない人々が住んでいる話なんです。そのしょうもない感じが非常に愛しいというか、非常に良くて。岡場所は江戸中あちこちにありましたが、根津遊廓もそのひとつです。実際にその周辺に足を運んでみて、昔風の情緒があっていいなと思いました。 

――なぜ、庶民を書きたいと思ったのでしょう。 
 
西條 誰でも年はとりますし、家族を亡くすこともありますし、不幸なこともある。私を含めて、本当に誰でも彼らのようになる可能性があって、すごく身近な気がします。だから、そういう人たちのニュースやドキュメンタリーがあるとつい見てしまいます。
 
――そこから出発して、いろんな立場の主人公たちを考えていったわけですか。 
 
西條 この中のいくつかは、以前から「いつか書きたいな」と思ってプロットとして残していたものなんです。2話目の「閨仏」などはだいぶ前に思いついて、でも短篇なのでなかなか書く機会がなかったものです。 

 

本当はドラマチックなラストを考えていたけれど

――「閨仏」は、心町の長屋に4人の妾が一緒に住んでいる話ですよね。主人公はいちばん年長の女性で、旦那が最近、若い妾ばかり相手にするから面白くない。ある時、旦那の荷物に張形を見つけて驚きますが、ふと悪戯心でそこに小刀で目鼻を彫ってみる……設定はもちろん、そこからの展開もユニークです。 
 
西條 本当はもうちょっとドラマチックに、彼女が駆け落ちするようなラストを考えていたんですけれども、書いているうちに違う方向になっていきました。まあ、そういうことはよくあります。 

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 張形については、佐江衆一さんの『続・江戸職人綺譚』だったと思うんですが、いろんな職人が出てくるなかで、張形師も出てくるんです。そこから思いつきました。 
 
――順番が前後しますが、第1話目の「心淋し川」は、針仕事で家計を支える若い娘の恋が描かれますね。生活は苦しく、仕立屋の手代には仕事の出来についてネチネチ言われ、はやく嫁ぎたいと思っている。第3話「はじめましょ」は心町で格安の飯屋を営む男が、根津権現で小さな女の子が歌う歌を聞いて過去の恋を思い出す。いい話ですよね。 
 
西條 第1話は恋愛がメインの話なんですけれども、私は恋愛を書くのが苦手なんですね。私の中ではまだまだだな、という出来です。第3話は恋愛も絡みますが、これは半分親子もの、家族ものです。たまにはいい話を入れておこうと思いました(笑)。