――第164回直木賞受賞おめでとうございます。一夜明けて、実感はわきましたか。 
 
西條奈加(以下、西條) 正直、申し訳ないくらい実感がなくて。今はコロナ禍なので、会見が終わったら速攻で家に帰って普通の生活に戻ったので、そういう点でも実感がわきづらいのかもしれません。 
 
――受賞会見では、「連絡を受け取るまで呑気に構えていた」とおっしゃっていましたが、発表まではどのように過ごされていたのでしょうか。 
 
西條 集英社の担当編集者3人とパレスホテルにいました。外で人と会う機会がめっきりなくなっていたのでそれだけですごく嬉しくて、完全にそっちに意識が集中していました。感染対策に気をつけながら、ピザを食べて、リラックスするためにビールを飲んで。途中から受賞はもう諦めた気分になり、2杯飲み終わって「もう駄目だし、3杯目頼もうかな」と迷っていた時に連絡がきたので、すごくびっくりしました。

西條奈加さん

――え、つまり会見の時きこしめしていたんですか。顔色も普通でしたし、全然そんなふうに思いませんでした。お酒強いんですね。 
 
西條 でも、友達にはバレました。「あんた飲んでたでしょ」ってメールがきました。顔色は変わらないんですけれど、ただ言動がちょっと賑やかになってしまうので。 

市井ものが受賞するとは思っていなかった

――いやあ、全然分からなかったです。受賞作『心淋し川(うらさびしがわ)』(集英社)は江戸時代、根津権現の裏手にある、淀んだ川が流れる心町(うらまち)に住む人々を描く連作集です。今回、この作品で受賞されたということについては、どう感じてますか。 
 
西條 正直、意外でした。時代ものだと史実ものや骨太なものが取り上げられる可能性が高いイメージがあったので、市井ものは駄目かなと勝手に思っていたんです。前に『まるまるの毬(いが)』で吉川英治文学新人賞をいただいた時も、市井ものは候補になるとも思っていなかったので意外だったんですけれど。 

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【第164回 直木賞受賞作】心淋し川(集英社)

――今回は、最初にどういう話を書こうと思ったのですか。 
 
西條 一度オムニバスを書いてみたかった、というのがあります。それに、私はわりと市井ものはユーモア系の話を書くことが多いので、シリアスなものも書いてみたい気持ちがありました。

 江戸時代、岡場所(※非公認の遊郭があった場所)があった土地を選んだのは、懸命に生きる庶民を書きたかったというのがあります。宮本輝さんの『夢見通りの人々』という作品が非常に好きなんです。あれは昭和の話ですが、あのイメージで時代ものを書きたいというのも最初からありました。