文春オンライン

「時代小説は、実は苦手でした」…新直木賞作家・西條奈加が人情時代小説の名手になるまで

直木賞受賞・西條奈加インタビュー#1

2021/01/22
note

現代に通じる過保護な母親像

――第4話「冬虫夏草」は、息子離れができない過保護な母親の話で、現代にも通じる話ですよね。 
 
西條 親には多かれ少なかれ、狭い愛情があって当たり前というところはあると思うんです。友人も結構、「(夫に)息子ばっかり可愛がるといって怒られる」と言っていて。うちの母も弟ばかり可愛がるんですけれど、そう言っても本人はまったく気づいていないところがありまして。そこをちょっと大げさに書いてみました。

 逆に、男親はどちらかというと娘を猫可愛がりし、息子とはうまく打ち解けられなかったりしますよね。そういうことはどこの家庭にもあると思います。 

 

――第5話「明けぬ里」は元遊女で今は夫婦2人で暮らしている女性が、かつて岡場所で絶大な人気を誇った遊女仲間に再会する。 
 
西條 根津権現の周辺に岡場所があったという舞台装置があるので、遊女の話は入れておこうと思いました。でも、女性の気持ちとか色恋が絡んでくるとどうも書きづらさを感じるみたいで、おそらく苦手なんでしょうね。 
 
――いやいや、面白かったです。どの短篇にも、ちらっと現れるのが差配の茂十という男です。最終話はこの茂十の話で、彼の意外な過去と内面が明かされます。他の短篇では脇役でしたが、そうした人もそれぞれ人生を背負っていると感じさせるし、そこから彼が直面する現実に心動かされました。これが連作短篇集の最後になっているところがすごく効いているな、と。 
 
西條 ありがとうございます。あの短篇は単行本化の時に大幅に加筆修正したんです。雑誌掲載時点で7割くらいしかできていなくて、編集者からアドバイスをもらって加筆して、厚みを持たせました。結果的にそれがよかったので、感謝しています。 
 
――淀んだ心町ですが、みんな、この町を出ていきたいと思っていた人でも、結局そこで生きていくことにしますよね。そこが印象的で。 
 
西條 やっぱりどの土地にも長所短所はあると思うんです。田舎と都会の二極で考えても、どちらもいいところと悪いところがある。引っ越したくても引っ越せない状況の方もいますが、そういう時に、今いる場所をよしとするか不満とするかは、もう本人次第のところがありますよね。

ADVERTISEMENT

 

 自分が幸せか不幸せかというのは、完全に、境遇ではなくて自分の感性、自分の考え方によるものだ、ということをちょっと遠回しに書きたかったのかなという気がします。決して、暮らしが厳しいから不幸だというわけではない、ということを言いたかったんです。 

時代小説はむしろ「少し苦手だった」

――西條さんはもともと、2005年に日本ファンタジーノベル大賞の大賞を受賞してデビューされていますよね。受賞作の『金春屋ゴメス』は、近未来の日本に鎖国状態の江戸国が現れるという内容で、ゴメスはそこにいる極悪無慈悲な長崎奉行です。もともと、時代小説作家になりたい、ということではなかったのですか。 
 
西條 いや、まったく。最初、短篇を2本くらい書いたんですが、それは完全に青春小説で、今考えるとこっぱずかしい内容でした。