初期作「ブラディ・サンデー」から最近の「7月22日」まで、ポール・グリーングラスは、映画を通じて、多くの政治的、社会的なメッセージを送ってきた。最新作「この茫漠たる荒野で」も、例外ではない。原作は、2016年に出版されたベストセラー小説。時代物でウエスタン、しかもグリーングラスには珍しく静かで落ち着いた雰囲気の映画なのだが、そこで描かれることはとても現代に通じるのである。舞台は、今と同じくらいにアメリカが分断していた南北戦争直後の時代。街から街へと旅してはその土地の人たちに複数の新聞を読んであげることで生計を立てる主人公ジェファーソン・カイル・キッドは、たびたびそれを肌で感じ、自分の目で見る。
「これは今すぐ映画にしなければ」
「僕が作る映画なんだから、タイムリーに決まっているよ(笑)。少なくとも、僕はそうであってほしいと思った。1870年に新聞を抱えて放浪する孤独な男の話なのに、奇妙にも今に通じる。原作を読んで、これは今すぐ映画にしなければと思ったんだ。パンデミックが起こった後は、なおさらそう感じるね。脚本を書いている時は、近い将来世の中がこんなことになんて、もちろん思っていなかったが」。
次の街へと向かう旅の途中、キッドは、ネイティブ・アメリカンの服装をして、英語を話さない不思議な白人の少女ジョハンナに出会う。お役所に届ければ自分の任務は終わりと思っていたのだが、意に反して、キッドはこの子を、ある場所に住んでいるという叔父叔母のもとに連れて行くことに。その道中で、ふたりは悪い人たちにも出会う。それらの人たちを相手に展開するアクションシーンは、さすがに「ボーン」シリーズを手がけたグリーングラスらしく、スリルと迫力たっぷりだ。しかし、荒野でこれらのシーンを撮るのは、これまでにない苦労があったらしい。普通ならば、キャストは豪華なトレーラーで休憩することができるのだが、こんな土地では近くにトレーラーを停めることすら不可能なのである。
「砂漠でやるんだから、それは大変さ」過酷だった撮影現場
「砂漠でやるんだから、それは大変さ。高いところを登ったりするし、蛇もいっぱいいる。昼は暑いし、夜は寒い。いつも砂埃だらけだ。でも、そのおかげでみんながより親しくなったんだよ。今となっては、すばらしいアドベンチャーとして、良い思い出になっている」。
キッドを演じるのは、「キャプテン・フィリップス」でも組んだトム・ハンクス。ジョハンナ役に抜擢されたのは、ドイツ人のニューフェイス、ヘレナ・ゼンゲルだ。このふたりの微妙かつ絶妙な演技こそ、映画を引っ張る最大の原動力である。