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 そして次に夫のボブの話であるが、長女が総合格闘技という世にも過激な競技を始めてしまった時、娘のやっていることを理解したいからということで、夫は五十六歳にしてムエタイを始めてしまった。

 ムエタイもなかなか過激なので、どう考えても五十六歳で始めていいものではないだろうと心配していたら案の定、ムエタイジムに入って二ヶ月目には肋骨を折り、それでも頑張って肋骨が治り次第ジムに戻ったが、次には膝を痛めてとうとう断念していた。

 笑っちゃ悪いと思うのだが、もう穿かなくなったムエタイのパンツがしばらくの間洗面所に干されたままになっていたので、見る度くすっと笑っていた。まあ、とにかくは娘のやっていることを体験してみようと挑戦したのは偉いとは思うが、何もそこまでしなくたってと、洗面所で風に揺れるパンツを見る度に笑えた。

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『お父さん』の愛情表現は、お母さんのそれとはちょっと違うような気がする。 一般的に、母親に比べると父親というのは子供と接する時間が短いせいで子供の早い成長や変化になんとなく疎く、そのせいで愛情表現がどことなくずれてしまうのかもしれない。

 でも、お父さんたちのそのちょっと突飛でずれているところが、なんとも微笑ましい。

 父の、AKBに負けてしまう野沢直子という世にも間違った心配など、今となってはありがたいとさえ思い、これを思い出してくすっと笑ったあとに必ず心が暖かくなるのだ。

父に抱かれる幼子が野沢直子さん。今も昔も、変わらない可愛さが。

笑うお葬式

野沢直子(著)

文藝春秋
2017年10月12日 発売

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